33 問答 その一
ニコラと多くの事を話し、やはり自由に生きたいと方向性を決めたラウラはまずは、正体を知られてしまったフェリクスからの求婚を断ろうという決断をした。
たしかにいくら王族といえどもアイヒベルガー公爵家に囲われてしまえば容易に手出しすることはできない。
何も力のない少女が王族に追われているとなれば大貴族を頼るほかないという結論を出すのが一般的だ。
しかし、ラウラの持つ魔法は逃げること、隠れることに特化しているし案外自由度も高いし、ニコラだっている。
今切羽詰まって、何か企みがある相手と婚姻関係を結ぼうとは思えない。
そう考えていたラウラだったが、フェリクスがそう簡単にラウラを逃がすはずもなく、ヘルムート子爵家に突然の来訪があった。
内容としてはどうやらマリアンネとグスタフが補佐として仕事をしている大貴族から特別に報奨金が与えられることになったらしい。
その報奨金の内容は、創作活動費なのだと言われたとマリアンネからラウラに話がありラウラはぞっとした。
あの日の出来事だけでフェリクスはラウラの事を調べ上げたのだろう。
そして真っ先にラウラがいる場所を突き止めたに違いない、でなければそんな名目、こんなタイミングでヘルムート子爵家にお金が入るなんておかしいのだ。
今までここでお世話になっている間だってそんなことは一度もなかった。
ヘルムート子爵家が仕えている大貴族の事務仕事をラウラも手伝うことはあったが、勤め始めてから一切の音沙汰はなかった。
それなのに、今この時、そんなことがタイミングよく起こるとは思えない。
つまりはフェリクスなのだ。あの人はラウラがこういう事をされたら困るとわかっていて手を打ったのだ。
しかしお金はあって困るものではない、ラウラは意味が分からない収益に怯える彼らに、少しばかりの事情を説明して、安心して受け取ってほしいと言った。
そして仕方なく手紙で求婚へのことわりを入れようと思っていたラウラは、アイヒベルガー公爵邸へと向かうことにした。
とはいっても普通の貴族のように、使いを出して日程を決めて会いに行くようなことはしない、そんなことをしたらすぐに目をつけられてしまうに決まっているのだ。
なのでラウラは三回目となれば慣れた調子でフェリクスの部屋の前まで来た。
しかしいつまでたっても部屋の扉が開かない。
いつもはお付きの従者が忙しなく出入りしているはずなのにどうしてなのだろう。
『のう、ラウラよ。このまま待っていても日が暮れるだけではないか?』
『……そうね。でももう少ししたら出てくるかもしれないし』
『ええい、諦めの悪い。お主は器用じゃ、扉を抜けることぐらいなんの苦労もないじゃろ』
『できないことないけど、なんか体がふわっとするから嫌なのよ』
『わがままを言うでない。このままあんな報奨金など無視して出ていってもよいのに直接会いたいといったのはお主ではないか。ほら、いくぞ!』
『……う、うん』
ニコラについていくようにラウラは息を止めて扉を潜り抜けた。
扉が体を通り抜けるときにふわりとした感覚がして、すこし気持ちが悪い。
しかしその感覚が終わればすぐにフェリクスの私室だ。
高級感がありつつ、利便性を重視している部屋を見れば彼がどんな人物だか少しわかる気がした。
……こだわりがないように感じる。
置物から部屋の配置、すべてのものが当たり前の位置に当たり前に合って、目新しいものが何もないような部屋なのだ。
人が住んでいるはずなのにどこか無機質で、寂しい。
ラウラの部屋には本だらけで書きなぐった小説にもならない空想がいつもゴミ箱と机の上に散乱しているし、クリストハルトの部屋はとても日当たりが良くて装飾品が多い印象だった。
姉は部屋にいることが少なくいつも執務室にいた。だからこそ執務室に多くの生活室需品が置いてあった。
けれどもこの部屋にはそういう特徴がない。もし小説に登場させたとしてもフェリクスは小説の中で一歩だって動いたりしない。
原動力がなんだかわからないし、その企みだってニコラの話を聞いた後でも見えてこない。
『おや、眠っておるな。それでこの時間でも使用人が部屋に入ってこなかったのか』
ニコラはティーテーブルに腰かけて腕を組んで器用に寝息を立てているフェリクスの姿を発見した。
そのそばによってラウラも彼の事を眺めた。
こんなにまじまじと見る機会がなかったので今更過ぎる感想になるが、顔はハンサムだと思う。
すっと伸びた鼻筋に、きりっとした眉、さらりとした肌は触れたらきっと心地よさそうだ。
優しい印象を与える藍色の髪も随分と柔らかそうで、瞳の色は何色だっただろうか。
瞳が閉じられていて束になったまつ毛が頬に影を落としているところしか見ることができない。
『こやつらは、大体顔も良いし何もかもうまくいく祝福の元に生まれているんじゃ』
『……祝福って精霊が与える女神さまの加護のようなもの……だっけ?』
『そうじゃ。才能をつかさどる精霊が祝福した一族じゃ、常識として人間のやれることならばできない事はない人生を送る』
『じゃあ、地味な私とは大違いなのね……』
ニコラの先日の精霊の話を思い出しつつ、すごい祝福を受けている彼にすこしだけ嫉妬した。
しかしニコラは首を振って彼の頭の上に降り立って続けていった。
『いいや、才能があるからと言って幸福な人生を送るかと言われればそれは大いなる間違いじゃ。そもそも祝福というのは表裏一体、祝福で得られるものがある分だけ、こやつらは奪われておる。呪いもかかっているのじゃ、それもいずれは死に至る呪いじゃ』
『どんな呪いなの?』
『それは言えぬよ。その上で受けるのが祝福であり当事者にしかわからない苦悩じゃ。……まぁ、しかし、だからこそのお主という可能性もあるが、そうであればここまでアイヒベルガーがお主を欲しがる理由も納得がいくな』
精霊は純粋な力なのだとニコラは言った。与えもするし奪いもする。状況によって変化するだけのただの現象に近い……らしい。
しかし、その現象を通り越して与える場合には、何かが乱れるらしい、だからこそその調整とばかりに祝福の裏には呪いがついて回る。
そしてその系譜に属するものは必ず祝福を受け継ぐ。では受け取ってしまった呪いも彼の望んだことではないのだろう。
どんな呪いかは知らないけれど望んだわけでもないのに苦悩しているのであればフェリクスも可哀想な男なのかもしれない。
『苦しんでいるから、その呪いの解決法を探すために見える人をそばに置きたいとか?』
『いいや、こやつらは祝福も呪いも知らんのじゃ。その可能性は薄いじゃろう』
『そうなのね。……なんだか結婚の申し出を断るの申し訳なくなってきちゃったわ……』
『何を言っておる。こやつには祝福がある上に頭も回るぞ。こやつらの退屈に巻き込まれては敵わぬ。ラウラは自由に生きるのじゃろう、同情でそれを諦めるつもりか?』
……たしかに同情でそばにいてそれに縛られるのは嫌。だけど不幸になってほしいと思っているわけではないのよ。
不憫だと思う気持ちもあるし、結婚を申し込まれて別にまったく嬉しくなかったというわけではない。
一応、昔に助けてくれた恩もあるし、何かを企んでいたとしても悪い人ではないと思うからラウラはフェリクスに原稿を託したのだ。
その気持ちが分かったわけではない。しかし少々やりづらい。報奨金でラウラを釣ったともいえる行動に困った気持ちになった。
常に先手を打ってきて、ラウラは後手に回るしかないのだ。
それがやりづらさを感じる要因になっている。
『ううん。諦めるような形で自由を失いたくない。もし縛られるなら望んで縛られたい』
『おう。詩的な表現じゃ。ま、といってもこの状況なら、お主の勝ちだ。直接やってきたと示すために手紙でも残していけば義理は立つはずだろう』
『あ、なるほど。それなら直接話をしなくていいし、色々とお礼と謝罪を伝えられるね。流石ニコラ』
『そうじゃろう。もっとほめたたえてもいいぞ!』
そう言いながらラウラは、フェリクスの上から飛び去って執務机の方へと向かっていった。




