31 精霊 その一
ラウラはヘルムート子爵邸に戻りそれから、気が気じゃないままクリストハルトに授業をした、それからマリアンネと心ここにあらずの状態でチェスをして、深夜ニコラと二人きりになって彼女と隣り合ってソファーに座った。
夜なのでランタンの明かりを頼りにしていたけれどニコラ自身が淡く光っているのでランタンの光がなくとも話は出来そうだった。
手をお皿のようにするとふわりとニコラはラウラの上に舞い降りて可愛らしい白いドレスの裾を直してお淑やかに座った。
長い話になるかもしれなかったので、手を腿の上に置いてラウラは、ニコラに問いかけた。
「それで、どうしてこんな大事になってしまったか教えて欲しいの」
『……そうじゃな、いつかそういう日が来るであろうと思っておったから構わぬぞ』
「うん。お願い」
ニコラは自分の美しい金髪をさらりと方の後ろに流してそれからすこし困ったような笑みを浮かべた。
その笑顔に、ラウラは、途端に不安になった。
いつかそうなるだろうとわかっていたといっても、彼女が今からする話は彼女にとって不本意なことではないだろうか。
そんなことをわざわざラウラは無理矢理聞き出したいとは思えない。だってラウラの大切な友人だ。
知られたくなかった事実なのだろう。それを知ってラウラはニコラと共に過ごせなくなったら酷く寂しい。
『どこから話すべきか……わしは━━━━』
「っ、待って!」
満を持し話し出そうとしたニコラに、ラウラはぎゅっと目をつむって悲鳴のような声をあげた。
たしかに気になる。だってラウラとしてはたまに小説をフェリクスにでも読んでもらいながら、好きな時に書いて、好きな仕事をして自立を目指しながらクリストハルトと仲良くやるだけのつもりでいた。
のんびりと過ごしてニコラさえ居ればラウラは寂しくない。
ヘルムート子爵家にいつまでもお世話になるわけにいかないからお金をためて、自分で彼らの領地の中に家を買って自活するのもいい。
そんな風に思っていたのだ。
それなのに、急に王族なんかが絡む大事になってしまって、ラウラはこうしている今も急に自由が奪われるのではないかと不安になってしまう。
けれどもそれを解消するよりも、友人の秘密を暴くことの方がよっぽど苦しい。
「ニコラ、やっぱり私、聞きたいとは思わない。知りたいとは思うけど、ニコラの秘密を暴きたいわけじゃないの!」
手に乗った小さな彼女を抱きしめるように頬によせて大切に思った。
「私ずっとあなたに助けられてきた。側にいて支えてもらって助言をしてもらってここまで来られた。だからこれから先もずっとそばにいたい。それなのにあなたの大切な秘密を今無理に知ってしまったら、きっと後悔する」
『ラウラ……』
「だからいいの。何も言わなくて。私も聞かない。自分の中での優先順位はわきまえてるつもりだから」
一番の大切な存在は、この人だ。
ラウラをずっと支えてくれた。だからこそ失うかもしれないようなことをしたくないのだ。
それでいい、むしろそれがいいと考えていると口にした。
すると鈴の音のような軽やかで優しい笑い声がして、ラウラは、胸が押しつぶされてしまいそうに苦しかったのに、場違いなその声にどういう事かと首を傾げた。
『くくっ、ふはは……そうじゃな。わしも、お主と同じように自分の優先順位はきちんとつけている』
「うん?」
『そして確かに、お主との関係もとても大切じゃ。今のまま昔から変わらず、お主とわしはそばにおりたい』
「うん」
ラウラは涙こそ出ていなかったけれど泣きそうな顔をしていて、そんなラウラを慰めるようにニコラは、ラウラの頬を撫でた。
ふわりと風が吹くだけで相変わらず人肌に触れた感触も、温かい体温も感じることはできない。
ニコラは幻想だ。 間違いなく。触れ合うことはできず、体温も感じられない。誰とも共有できない。
だからこそニコラはラウラにとってイマジナリーフレンドだった。
『しかしな。関係が変わっても構わぬよ。むしろそうなるじゃろうと思ってわしはお主に力を与えていた。そしてこれからもそうする』
「……どこかに急にいなくなったりしない?」
『ああ、しないさ。お主がお主である限り、わしは、ここにおる。だから聞いてくれ、ラウラよ。わしがなんなのかお主はどうして追われる身となったのか』
「うん」
ニコラの言葉にラウラは静かに頷いて、ニコラと目線を合わせて、真剣な表情をした。
そんなラウラにニコラは、金色の瞳を緩く細めて説明を始めたのだった。




