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3 導き





『肝心なのは、心残りなく去ることだとわしは思っているんじゃ』


 自室に戻り、彼らの望みどおりに出ていこうと仕度を始めていたラウラに、ニコラはそんなことを言いながら現れた。


 やけになってトランクにドレスを片っ端から詰め込んでいたラウラの前で浮遊し、羽から散っている鱗粉のような金の粉をまき散らしながら、くるくるとラウラの周りをとんだ。


『もちろんお主は自由になるべきじゃ。その選択は正しい、自分の好きなように羽ばたいて、お主の価値を見つけるべきであろう』

「……うん」

『がしかし、この場所はお主のルーツじゃろう。気持ちの整理がつかないまま、飛び出してもお主の心は引けたまま、違うか?』


 さらりとした金髪は美しく靡いて、淡く輝く半透明の羽は葉脈のような筋がきらめきをはらみ、美しくて目で追った。


「そうかもしれないけれど、私はここでは透明人間と同じ。存在すら否定されている無意味な存在が何かしたところで変わるものはあるの?」

『あるさ。お主には価値がある。それを証明してやろう』


 そう言ってニコラは高く飛び上がってツイッと空中を泳ぐように部屋の扉の方へと消えていく。


 彼女はラウラの幻想だ。扉など難なくすり抜けて廊下へと出ていってしまう。

 

 そんな彼女を追いかけて、ラウラは蝶番のうるさい立て付けの悪い扉をギイと開けて、風のように素早く飛んでいく彼女のことを追いかけた。


 廊下は、下階の家族が住んでいるスペースとは違って絨毯も引かれていない木の廊下だ。


 この場所はもともと住み込みの使用人が宿泊するための簡易的な部屋だ。埃っぽくて風通しも悪い。


 奥へ奥へと進んでいくニコラを追いかけながらラウラは複雑な気持ちだった。


 彼女はラウラのイマジナリーフレンドだ。


 今までも彼女の事を認識できる人は居たことはなかったし、ラウラにしか見えないし聞こえないし、ラウラにだって触れられない。


『お主が何を考えているのか手に取るようにわかるぞ、ついていってもどうせ何かが変わるはずもないと思っているのだろう』


 くすくすと笑う声と同時にそんな風に言われて、ラウラはすこし申し訳なくなる。


 けれども事実だ。実態のない彼女はラウラの心の支えにはなれど、何かを変えたことなど一度もなかった。


『しかし、わしはずっとお主に与えておったぞ。お主の為の力をわしは与えておった。それはわかりづらく発現しにくい力じゃ。だからこそ、踏み出すべきお主にわしは、実感できる素晴らしき力を与えたい』


 ラウラの住んでいたような同じような部屋がいくつも続く、しかし奥に行けば奥に行くほどに、長い間、人が踏み込んでいないとわかる古めかしさが増していった。


 足を進めれば埃の足跡がついて、埃っぽさにラウラは小さく咳き込みながら突き当りにある部屋のなかにラウラが扉をすり抜けて入っていった。


 日の光も届かないような薄暗いその場所でラウラはそれでも長年の友人を信じてドアノブに触れた。


 ドアの反対側から、鍵の開く音がする。


 今までこんなことは一度もなかった。


 ゆっくりと押し開いて中へと入ると、ガラスの窓から日の差し込んでいる小さな三角のそれこそ、屋根裏という言葉がふさわしい部屋がある。


 そして日の当たる位置にキャビネットがあり、そこにニコラは静かにたたずんでいた。


『魔法には種類がある、お主ら人間の使う四元素の魔法。神々の力を借りることができる精霊魔法。それからはるか昔の天才が生み出した、創作魔法』

「……それは知っているけど」

『その中でも創作魔法は稀有なものじゃ、血筋でも、口伝でも受け継ぐことはできない』

「……」

『ただし、魔力を込めて書かれた魔導書によって、適合者はその創作魔法を受け継ぐことができる』


 ……どうして今更、魔法の基礎知識なんて……。


 ラウラにはそのどれもがない。


 古くから続いている貴族の家系には精霊魔法の儀式の方法が載った秘術書や、その家系から出た大魔導士の魔導書が残っている場合もあるが、それはとても稀少なことだ。


 このディースブルクにはそういったものはないと聞いている。


 ニコラのそばによってみるとキャビネットの上には、一冊の革表紙の本が置いてあった。


 埃をかぶったそれは、触れてみると淡く魔力を纏っている様子だった。


『開け。お主ならばきっと適合するじゃろう』


 言われてラウラの心臓はこれでもかと主張を大きくした。


 まさかという気持ちと、ニコラに対するどういう事なのかという疑問の気持ちが強くなる。


 埃を払って、タイトルを見てみるとそこには『アマランスの花冠』と記載されている。

 

「……アマランスの……」


 それを見てラウラは吸い込まれるように手を伸ばし、すぐに本を開いた。


 ニコラはどんな表情をしているのか、彼女は何者なのか、すぐにでも確認したかったけれども、なぜか自然と悪いものではないと本能から察知することができて、文字を目に入れた瞬間にラウラの脳裏に様々なものが駆け巡った。


 体の力が抜け、その場に意識が落ちて崩れ落ちるラウラを、ふわりと風が浮かせて丁寧に地面におろした。


『お主は長く、ディースブルクに尽くした。そろそろ対価を得ても誰も文句を言えぬじゃろう』


 ニコラは呟くようにそう口にして、彼女が目覚めるのを静かに待ったのだった。






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