13 後悔
ラウラは忽然と姿を消した。あれから屋敷のどこを探しても彼女はいない。
史上最悪の討伐祭が終わり、ディースブルク伯爵家は今までにないほどの窮地に立たされていた。
ディースブルク伯爵家は魔獣の討伐祭を行って神話と同じ加護があるアマランスの花輪を多くの有力者に献上する。
だからこそ王族などから優遇されていた部分もあり、貴族の中で特別な地位にいたディースブルクだったがその信用は急落した。
それにお金が用意できないからアマランスの花が購入できなくなり、毎年討伐祭の為に栽培や仕入れを行ってくれていた商会は大損をくらった。
なので商会が来年まで持ちこたえられるようにディースブルク伯爵家は支援をしなければならないだろう。
それをしなければ来年から花を用意することが出来なくなる。
花代を着服して使い込むということは、そのお金だけではなくそのお金で回っていた色々なものが崩れてなくなり、それ以上の損害を生み出すという事をリーゼはまったく理解していなかった。
「だから、あの男が悪いんですのよ。ずっとそうだと言っているじゃないの。お姉さま。どうしてそうお姉さまったら頭が固いの? もてないわよ?」
リーゼはしたり顔でヴァネッサにそう告げて、はあっとため息をついた。
その様子にヴァネッサはさらに頭を抱えたくなったが口をつぐんでばかりいてはこの妹には伝わらない。
毎日言っても理解しない彼女にこれ以上言葉を尽くして意味があるのかという気持ちはあるが、それでも向かい合ってヴァネッサは真剣に言った。
「例え、レオナルトが悪かったとしてもあなたに責任がないわけではありません。それに、ラウラの件を考えるとあなたは確信犯だった。私はそう思っています」
「だーかーら! あの人が勝手にわたくしの仕事をしていただけで、わたくし何も押し付けたりしてませんわ」
「いいえ、あなたはラウラの終わらせた仕事を自分の手柄だと言って私に確認を求めてきましたね」
「それは何かの勘違いですのよ。いつまでこんな意味が分からない説教を続けるんですの?」
「あなたが自分の非を認めるまでです」
いつまでたっても反省の色も見せずに、文句ばかり言うリーゼに、もう何十回といった話をもう一度する。
「いいですか。あなたの使い込んだお金を補填するために買った物を売り払ったところでもとの半分にもなりませんでした。そのせいで今年の私たちの生活は非常に厳しくなります」
「……」
「私たちの討伐祭を支援してくれている下級貴族たちも同じように苦しい生活をしています。それを何とかするためにお父さまとお母さまは二人でお出かけになって金銭的支援をしてくれる方を探す羽目になりました」
ぐっと拳を握ってヴァネッサはさらに眉間の皺を濃くした。
「それが貴族にとってどれほど不名誉で危うい行為かわかりますか? 良い支援者が見つかるような金額ではありません当然、酷い利子で借金をすることになるでしょう」
「……はぁー……」
「それを返しきれずに、破産すれば貴族の地位も無くなることになるんです。それも多くの人を巻き込んで私たちは破滅する。その元凶を作ったのはあなたなんですよ」
リーゼはまったくどこ吹く風という様子で自分の爪をいじって間延びしたため息をついた。
ヴァネッサの言葉が終わった後も、やっと終わったかとばかりに勝手にソファーを立って部屋の外へと出ていこうとする。
「待ちなさい! 話は終わっていません!」
すぐにリーゼを追いかけてヴァネッサはリーゼの腕をきつくつかんだ。
「っ、何よ!……もういいでしょ。お説教はそれで終わりなんでしょ、もうわかってるから放っておいて」
しかし、引き留めてもリーゼはヴァネッサの方を向かない。
それどころか否定する声はどこか震えているように聞こえて、のぞき込んでみれば涙を流していた。
「っていうか、そもそもわたくしだけが悪いとは思えませんわっ」
彼女の今までの余裕ぶった態度は、すぐに強がりだったのだと理解できるが、泣き顔を見られてプライドが傷ついたのかリーゼはヴァネッサの腕を振り払ってヴァネッサに言った。
「だって、家族みんなで無視してたじゃないあの女の事! お姉さまだってお母さまだっていなくなればいいって思ってたんでしょ!」
「……それは」
「わたくしはただ皆の気持ちを代弁しただけ! それにちょうどいいと思ったからお花代を使っただけ!
それなのに、わたくしだけを責めるなんておかしいですわっ、それになんですのあの日のあの女、気持ち悪い! 悪魔にでも魅入られていたんだわ!
消えて正解だったのよ! わたくしはただその手伝いをしただけですのっ。お姉さまは自分は何も悪い事をしていないみたいな顔してわたくしを叱るけれどそんなことありませんのよ」
捨て台詞を言ってリーゼは乱暴に扉を開けてヴァネッサの部屋から去っていく。
明確にラウラを陥れようとして、お金に目がくらんでお金を使い込んだリーゼとラウラを無視していただけのヴァネッサでは話が違うと思う。
そこには明確な差があるだろう。
しかし、リーゼの言ったことは事実だ。ディースブルク伯爵家は家族総出でいじめをしていた。
はじめは母と父から始まったその流れは、いつしかリーゼとヴァネッサの当たり前になっていて、彼女は当然のように何もしない無能で意味のない存在だと思い込んでいた。
けれど結局、一人を貶めていれば心も荒むし、リーゼの言ったようなことを企むだけの心の隙が生まれる。
隙があれば罪に手を染めることもある。
そして取り返しのつかない事が起こる。そしていつまでもそれをスルーしていた家族を見限ってラウラは姿を消した。
彼女はあれでいて誰も使用人がつかずとも自分の事は自分ですることができて魔力も持っている。
贅沢をしなければ自分の好きなように生きることだって可能だろう。
確実に悪かったのはラウラではない。
しかし彼女は昔から変わった子だった。ひとりで喋っていることもあったし、あのへんな最後に見せた力だって何か特殊な魔法道具を使っていたと思う。
それだけ彼女は変わっていても行動力があってそれと同時に長年、ヴァネッサたちの事を許してくれていた。
そのラウラの優しさにかまけて、自分の忙しさと大変さ以外考えられていなかったヴァネッサの目は確かに節穴だった。
もっと広い視野を持ち、家族という小さな社会だけではなく常識的に考えて、接するべきだったと今更思う。
しかし思ったところでこのディースブルクに残った姉妹は、姉をさげすむことによってプライドを肥大化させた妹だけだ。
これは、ラウラを虐げていた罰だろうか。
ならば、立ち向かっていかなければとヴァネッサは気持ちを切り替えた。
これからどうなるのだろうという不安な気持ちと、ラウラの事を正しく評価していればという後悔の気持ちにさいなまれながらも自分のできる仕事に手を付けたのだった。




