10 終幕
ラウラにはきちんと行く当てがあった。
出発する前の準備期間の間にラウラを受け入れてくれる夫婦へとコンタクトを取っており、その夫婦の屋敷であるヘルムート子爵邸へと向かったのだった。
ヘルムート子爵家は、ディースブルク伯爵家と親戚筋に当たる貴族である。
その昔はディースブルク伯爵家のすぐそばに領地を持ち、討伐祭を手伝うことで共同事業主という形で交流があったが、今では土地を失い王都で職を得て暮らしている貴族だ。
もともと親戚筋ということもあり、ラウラとも幼いころから面識がありその時から家族からの冷遇にあっていたラウラに、いつでも頼っていいと話を持ち掛けてくれたことがある。
しかし無償でというわけにもいかない。
ラウラは住み込みで事務仕事をする代わりに置いてもらい、できるならば自分で生計を立てられるようにしたいと思っていると要望も伝えてあった。
そしてニコラと危険な場所では姿を消しながら王都へとぼちぼち向かっていった。
幸いディースブルク伯爵領はそれほど王都から離れているわけではない。
のんびりと向かっていると討伐祭が終わって今回の事が決着がつく程度時間がたったころに、ラウラはヘルムート子爵家へと到着していた。
彼らはとても気のいい夫婦で、年頃のラウラに配慮してあまり干渉してくるようなことはなかったが、気になるだろうということでラウラにディースブルク伯爵家の討伐祭に関する話をちょくちょく話してくれる。
今日もヘルムート子爵夫人であるマリアンネから呼び出されて、三時のお茶を共にしつつ、ディースブルク伯爵家の話を聞いた。
「前回はどこまで話をしたかしら? ごめんなさいね、最近ぼんやりしてしまって」
「いいえ、全然気にしないでください。マリアンネ様。前回はアマランスの花冠の花が足りずに、常に討伐祭を行うごとに献上していた他国や王族にも献上することができなかったというところです」
おっとりと笑みを浮かべて頬に手を当てる彼女に、ラウラも紅茶を飲みながら思いだしつつ言葉を返した。
するとマリアンネはそうだったとばかりに深く頷いてそれから、続きを話した。
「それで、結局今年は魔獣避けになるアマランスの花輪を献上することができない事をディーブルク伯爵が直々に謝罪に回ったそうよ。
その時に話している内容は、どうやら昔のわたくしたちのように協力関係にあって、娘を嫁にやることも決まっていたイステル子爵家の跡取り息子が事業の為の予算を着服したという事みたい」
「そうなんですね」
その答えにラウラは少し考えた。
……あの時レオナルトの実家であるイステル子爵家には、事実を告げる書面を彼の弟あてに送っていた。
彼が貶められる形の話がされているということは、それをうまく使ってレオナルトを跡継ぎの地位から降ろすことに成功したという所かしら。
それにしても、結局リーゼは罪に問われなかったのね。
……それでも、リーゼはまったく仕事もできないし今までの私の仕事の成果を横取りしていたということも明らかになっている。
屋敷の中できっとそれなりに大変な日々を送っているでしょうね。
その姿は容易に想像がつくし、彼らの現状についてもっと知りたくなるような気持もあったが、せっかく屋敷を出てきたというのに彼らの事ばかりを考えていては意味がない。
ラウラには今がある。
それもこれもこうして協力してくれる人がいるおかげだ。
「わざわざ教えていただいてありがとうございます。それにこうして置いてもらえて、とても助かっています。マリアンネ様」
「あら、いいのよ。……わたくしたちもね、人の家の事だから余計に口を出すようなことを言うものよくないし、それに身分差もあったからあなたの事を危ういと思っていても放置していた。
だからこそこうして頼ってもらえて、嬉しかったのよ。なんせ子供は自由に色々な可能性を自分で見つけて望むように生きていくものだわ。そうでなければ報われないでしょう?」
マリアンネは輝くような素敵な笑みを浮かべてラウラの手を取った。
あんな風に自分の家族でもないがしろにする人たちもいて、しかしそれと同時につながりの薄い人でもこうして心配してラウラを助けてくれる人がいる。
ニコラと同じように。そう考えてテーブルの淵で足をプラプラさせて楽しそうに紅茶の湯気を眺めているニコラに視線を向けた。
常に認めてもらうためにまっとうに生きること。それはたしかに都合がいい相手になりすぎて利用されてしまうこともあって、悪い方向に進むこともある。
けれどもどこかしらに必ず、見てくれている人というものはいるもので、自分の罪は自分に返ってくるとラウラは今も信じられる。
こうして支えてもらって手に入れた自由でラウラは、新しい事を始められる幸福を改めて感じた。




