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B子の恋の成就

 ──玉井に漫画に描いてもらうと、それ、現実になるらしいぜ?

 ──エッ? でもあいつ、全然下手糞だぜ? 指なんかイビツな星マークだし、服の皺なんかチリメンジャコだし……。

 ──ああ……。中等部の頃、よく漫画、破られてたよな? 高等部になってからイワユル立派に更生された、あの坂本君だよ。不良だった癖にさ、朝読みの時間なんかに玉井がコッソリ漫画描いてると、それ取りあげて、先生を含めたクラス全員に晒したうえで、ビリビリビリッてさ……。玉井に対してだけは、不良がなぜか風紀委員になっちゃってたよな……。

 ──不良っちゅうのはそういうモンだ。

 ──でもなぜか、顔だけは特徴掴んでるとこあったな? 玉井の漫画──。アッ、これ窪田先生だって絵、あったじゃん? SMかな? 一応服着てたけど、縄が描かれてて、まあ首吊ってて……。でもその縄が棒かシュノーケルにしか観えなくってさ。スカートも跳び箱みたいだったし……。それに先生、どうやら失禁しちゃってるみたいなんだけど、そのションベンの雫がスライムみたいでさ。柔らかいものの表現が全然なってなかったよな。


 以上のように、実は男子のほうがウワサ好きなのだ。ところでその玉井というのは?

 低身長──。小太り──。猫背──。髪型はおぼっちゃまカットがくずれたようなボサボサ髪──。これで眼鏡でもかけていれば〝ジ・ヲタク〟といった感じなのだが、漫画を描いていたという事実からも察せられるように、やはり彼は、ヲタクなのだった。ただしその下手糞な漫画はヲタクたちのあいだでも評判が悪く、漫研も、SF研も、結局長く続かなかったようだ。この学校=城南大学第三高等学校、通称城南三校は部活への所属が必須だったから、いまは文芸部に籍だけは置いているようだったが、ハッキリいって、活動実績は皆無だった。

 それにしても、彼が描いた漫画が本当に現実になるのだとしたら、その窪田という先生は一体どうなってしまったのだろうか? 彼らが中等部三年のとき確か産休に入ったはずだが……。

 ところで、文芸部での活動実績がない彼だったが、そもそも文芸部自体に活動実績がなかった。それゆえ文芸部部室は自称文芸部員たちの格好のシェルターになっていて、今日、二〇二四年六月二〇日木曜日の放課後も、彼らはそこでダラダラ過ごしていた。何しろ漫研くずれ、SF研くずれが主流派のような部活だったから、それぞれスマホで漫画を読んだり、配信のアニメなどを観たりしていた。

 だがそれも外が涼しくなるにつれ一人減り、二人減りとなっていき、今日は玉井が最後に残った。皆弱者男子なので不良がいないため、タバコの火の不始末などは全然問題ない。

 重い腰をあげながら、彼は思うのだった。

(窓際のボロPCの自然発火、とか? 自然発火なら、べつに俺の知ったこっちゃねえや……)

 まあ本来、電源コードぐらい抜いていったほうがいいのだろうが……。

 と、そのときだった。すでに暗くなっているだろう廊下側から、部屋のドアをノックするコンコンという音が響いた。そして、鈴が鳴るような女子の声──。

「玉井君? いるよね? 私、水野亜紀──。入っていい?」

「エッ? 水野さん? どっ、どうして?」

「ウン……。ちょっと相談したいことがあって……。とにかく入っていい?」

「エッ? ああ……。べつにいいけど……」

 ドアがそっと開き、〝水野さん〟が静々と 入ってくる。埃っぽかった室内にパーッとリンスの香りが広がる。

 しかし玉井にトキメキはなかった。彼自身ほどではないが、〝水野さん〟も相当残念なひとなのだ。

 そのためヲタク≒玉井は思うのだった。

(水野さん、ホントに声だきゃいいんだから、声優にでもなっちゃやいいのにな……)

 もっとも平野綾、渕上舞など、声優もとっくのとうにアイドル化している。

(このひとじゃやっぱキビしいだろうな……)

 などと、余計な心配を積み重ねていく。

 文芸部部室は視聴覚室の隣りの小部屋で、もともと教科準備室か何かだったのだろう。ドアの左手に洗面台などがついていて、玉井はそこで電気ケトルに水を入れながら、〝水野さん〟に適当に座ってといった。

 彼女は部屋のなかほどの椅子にかけた。意外と堂々としている。

 お湯が沸くまでのあいだ、〝水野さん〟もやはりスマホを観ていた。

 玉井には多少彼女を舐めたようなところがあって、普段は女子とまともに話せない癖に、今日はスラスラ話し始めた。

「水野さん、お久し振り──。コーヒーどう? 初等部のときゃ俺がよそった給食なんか食べらんないとかっていわれてたけど……」

「あっ、亜紀でいいよ。それとさ、べつに玉井君がどうこうってわけじゃないんだけど、この部屋自体、相当……」

 彼女はさすがに語尾を濁したが、先述のように、相当埃っぽい部屋なのである。

「一応腹くだした奴はいないけどね」

「一応? なんだ……」

「飲み残しのカップのなかでゴキが死んでたことがあったけど、哺乳動物の犠牲者は、まだでてないようだよ」

 そして玉井も亜紀の前にかけ、カップを差しだす。机などはすでに隅に押しやられているので、二人のあいだに物体はなかった。

(なんかちょっと、近くに座り過ぎちゃったかな……)

 などと反省しつつ、

「ところで……」

 といって相手の発言を促す。

 亜紀は意を決したように、コーヒーを一口啜ると……。

「れいのウワサのこと聴いて、それで今日、私ここにきたんだけど……。れいのウワサ……。解るよね? 自分自身に関するウワサなんだから……」

 真剣になって視線にパワーが入ると、亜紀の顔が意外とそれなりのものに観える。そうしたことはシャドーなどでどうにでもなることなのだから、たとえば化粧禁止の校則などによって、思春期の入り口でブス=Bの刻印を捺され、以後の人生コースを決定づけられてしまうような女子も相当数いるのだろう。しかしDランク、Eランク、さらにはFランクの生徒たちも、学校にとっては適正なアウトプットなのだ。なぜなら教師たちはそうした生徒たちの受け入れ先とも名刺交換などをしているのだから……。そうした取引先にも滞りなく製品を納入し続けなければならない。すべての生徒の可能性を最大限に伸ばすなどというのは、理想論にさえならないバレバレの大嘘だ。イジメられ続けてきた玉井にはそのことがよく解るのだった。

(教師などというあの悪党どもにとっちゃ、イジメだってホントは、通常操業なんだよな……。だからイジメはなくならねえんだ)

 そんなことを考えていたため、亜紀への応答がついつい毒を含んだものになってしまった。

「俺に関するウワサって、最近流行ったウィルスに関し、タマイ株なんてモンがあるんじゃないかってウワサ?」

「エッ? そんな話じゃないけど……。玉井君、そんなことまでいわれているの?」

「いまはいわれてないけど……。遠隔授業に入る前はヒドかったな……。いっそ玉井本体ごと焼却処分にできないもんだろうか、なんてね……。担任の窪田先生が新卒二年目であんな騒ぎになっちゃったから、あのひともアップアップだったんじゃないの? でもだからってあのビッチを赦そうって気にゃ、こっちとしちゃ当然、なんないよね……。ガキまで作りやがってよっ、クソッ……」

 しばしの沈黙……。コーヒーを啜るズズズッという音……。先に口を開いたのは、やはり亜紀のほうだった。彼女は相談したいことがあるといって、わざわざここまでやってきたのだ。

「玉井君に関するウワサっていうのは、あなたが描いた漫画が、現実になるっていう話なのよ……。識ってた?」

「ああ……。でももしそれが本当なら、窪田のクソはやっぱ生きてねえはずだな……。あのビッチが股裂きにかけられる漫画だとか、バラバラに切り刻まれてドブ川に流される漫画だとか、いろいろ描いてやったからな……。そっかっ……。あの女バラバラにしちゃったから、肝心な顔が消えっちゃったんだ……。そんであの女、未だヘラヘラ笑って生きてやがるんだな……」

「モオウッ、窪田先生の話はいいからっ」

 そうして亜紀が語ったのは、彼女の一世一代の恋の話だった。その恋が成就する漫画を、玉井に描いてもらいたいというのだ。そしてその恋の相手というのは?

「坂本君……。玉井君はやっぱ、彼のこと、嫌いだよね? 彼が死ぬことになるような漫画も、描いた?」

「いや……。野郎のその手のシーンってのは、ハッキリいってちょっと苦手でね……。それにさ。あんな下手糞な漫画だって描いてるほうは必死なんだぜ。野郎描くのに、そうそう必死にゃなれねえって話さっ」

「じゃあ玉井君さぁ、ひょっとして窪田先生のこと、好きなの?」

「ウッ……。そうきたかっ。べつにそんなことないって思うけど、一端こういう話になっちゃうと、ムキになって否定すっと、かえってヘンになっちゃうよね?」

「解ってらっしゃる……」

「万年イジメられっ子の知恵さっ」

 意外と仲よく会話が弾む、二人なのだった。だがフッと、亜紀の顔に硬さが戻る。

「でっ? 描いてくれるんだよね? 玉井君?」

「ああ……。でも亜紀さんはそれでいいの? 話聴いた限りじゃ、随分真剣な恋だなって思えたんたけど……」

「あらこの話だって、充分真剣な話なはずでしょ? だってさ、一種の呪術だよ? これって……。玉井君だってさっき、必死に描くんだっていったばっかじゃんっ」

「そっ、それはそうだけど……」

「じゃ、描いてくれるのね?」

「ああ……」

 そこで夕日が微かに射した。最近スッキリ晴れることがなかったが、その赤はなかなかいい色合いをしていた。もっとも、〝まるで血の色のような〟などと表現してしまうとそれはさすがに盛り過ぎだといった程度の赤だったのだが……。

 陰で黒くなった亜紀の顔がいった。

「ところで玉井君さっ……。さっきの窪田先生の漫画が効かなかったっていう話、あれってやっぱ、なんパターンもの漫画、描いちゃったからじゃないかな? たとえばタロット占いだってそうでしょ? 同じこと、なん度も占っちゃダメだって……。玉井君の漫画だってきっとそうだよ。同じひと殺す話、なんパターンも描いちゃダメなんだよ。だからさ、今度は、窪田先生の死に方だったら絶対これだって話一本に絞って、描いてみたらどう? きっと今度は逝けると思うよ……」

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