ダイ5話 東の勇者マグロvs元騎士パッツ -挑発-
「この……クソ野郎がァァァァァァァァァァァァッ!!」
パッツン騎士の咆哮は酒場にいた人々を黙らせるほどだった。なんなら家の中から様子を見ている人もいるくらいだ。俺はとっさに耳を塞ぎ、当然の如く反撃に出る。
「うるせぇな! なにいきなりでけぇ声出してんだこのパッツン野郎がよ!」
「逆ギレじゃねえか! それを言うならなにをいきなり人にゲロかけてんだよ!」
「知らねえよ! ゲロったところにお前がいたのが悪いだろ! そうだ、お前のせいだ!」
「アホなことばっか言ってんじゃねえぞクソ野郎!」
「てめぇ、いい加減にし――」
そこまで言いかけたところで、俺の体は突然動かなくなった。第三者による外からの力によって言うことを聞かなくなっている。
「こんなところで騒動を起こされては店が悲しみますよ。そして、この酒場を誰よりも愛する私は、怒りますよ」
そこにいたのは酒場のおっさんだった。相変わらず物静かに、渋い声でそう告げると俺たちをいとも簡単に持ち上げて「ハァッ!」とぶん投げた。
――おいおいマジかよ、このおっさん!
吹き飛んだ俺たちは広場のモニュメントに衝突した。アホほど痛いが、どうせ死にはしないので呑気に起き上がる。
「ねぇ、大丈夫?! 死んでない?! 魔法使う?!」
「安心しろ、ちょっと痛かっただけだ。あと魔法は恥ずかしいから人前では使わないように頼むわ」
「ちょっと痛いだけからよかったけど。ってか、恥ずかしいってなに!」
「いくよっ! モンモンの魔法……治れッ!」
どうやら自覚がないようなのでモンモンの真似をしてみせた。我ながら特徴をしっかり掴んでいてよく似ていると思う。
「に、似てないし! ぜんっぜん似てないし! 私そんな変な顔してないし!」
「変な顔で悪かったな。俺は元々こういう顔だよ」
モンモンのやつ、さらっと人の顔を侮辱しやがって。あの物真似で突っ込むところは顔か? どう考えても変な詠唱だろ普通。
「まぁいい。金も使い切ったし、酒場も追い出されちまった。他になんもねえみたいだし、とっととこんな街は出よう。あのおっさんの化け物じみた怪力も怖いしな」
「そうだねー。またどっかにお金落ちてるかもだしね!」
「だとしたらまたあのスライムたちの仕業だろうけどな」
流石の俺も同じ手に二度掛かることはない。モンモンなら十分あり得るけどね。
「……ボクのこと、呼んだ?」
「いや別に誰も呼んでねぇよ。……って、今の誰の声?」
モンモンの声ではないし、パッツン野郎もお昼寝中なのであり得ない。
「ここだよ、ココ」
声のする方へ視線を向ける。そこにはスライムがいた。……スライムがいた?!
「おー、お前あの時の弱虫! 何やってんだよこんなところで。俺たちへの復讐か? ならやめとけ、俺は強い」
「復讐はボクじゃなくて、パッツだよ」
「パッツ? だれだそいつ」
「そこにいるじゃん」
スライムが小さな手でぽよぽよと示す先にいたのはパッツン騎士だった。
「え、そこで寝てるあいつ? あいつがパッツ?」
その真偽を確かめたかった。本当ならとんだ傑作話だ。
「……ああ、そうだ。なんだ、悪いか?」
いつの間に意識を取り戻したようで、パッツン騎士はそのままの状態でそう答えた。
これで本人の確証を取れた。つまり、この傑作話は嘘偽りのないマジ話ということだ。パッツンには申し訳ないが、もう我慢できない。笑おう。
「パッツンだからパッツってか? ならあれか、お前は“パッツ騎士“って呼ばれてたのか! だったらパッツ騎士もパッツン騎士も特に変わんねえよな!」
自己制御は不可能だった。ツボにハマってしまったのかは分からないがとにかく笑いが止まらなかった。いやーまさか名前がパッツだったとは。引き続きパッツンって呼ぼう。なんだかその名を呼ぶたびに笑ってしまいそうだ。
「このクソ野郎、言わせておけば……」
「いや、俺は悪くないぞ。お前が面白すぎるのが悪い」
「俺は別に面白いからパッツンヘアにしてるんじゃねえよ! もう許さん。そうだ、元々は俺はお前への復讐のために国を出たんだ。今こそその時だ、覚悟しろ!」
「俺への復讐のために国を旅立つなんて……まさか、ストーカーか? 愛情の裏返しってやつか? すまん、俺お前だけは無理だわ」
「んなわけねえだろクソ野郎! 俺はお前のあの一発で全てを失った。俺はあの後、お前のせいで騎士団をクビになったんだぞ」
「それは実にかわいそうな話だ。でもな、よく考えてみろ。あの一発でクビになったということは、お前がその程度の騎士だったってことじゃねえのか?」
パッツン騎士の表情が変わった。怒りが込み上げてきているのが目に見えて分かった。でも俺は間違ったことを言ったとは思っていない。
「通りすがりの男に腹を殴られて気絶するような騎士なんて、信用に値しないからな」
どう対処してもこいつの怒りは収まることを知らない。それならとことん煽るのが俺流だ。マグロ、いきます。
「お前は所詮、その程度の――」
ついにトドメを刺そうとしたところで、ようやくパッツン騎士は動いた。ものすごい速さで俺のボロ服の胸ぐらを掴んで声を張り上げた。
「お前に……お前に俺の、何がわかるんだッ!」
これまで触れたことのない本気の怒りだった。当然のことだ。俺はこいつの地雷に堂々と踏み込み、とことん刺激した。
別にこいつをいじめたかった訳ではない。ただ、俺としてはとっとと終わらせたかっただけだ。両者譲らぬ話し合いに、意味も成果も存在しない。
「俺にはなーんも分かんねえな。無論、分かりたくもねえよ。それに、お前だって俺のことなんて何も知らねえだろ。それと同じだよ」
そう、まだこいつは俺に関する最大の事実を知らない。パッツン野郎は俺が不死身であることをまだ知らない。
「そうか。それなら……俺の強さ、分からせてやるよ」
そう言うとパッツン野郎は拳をぐっとこちらに向けて不敵な笑みを浮かべた。
「一度負けてるくせによく言うぜ。勝機はあるのか?」
「ああ、ある。今の俺には、フォルがいる」
「おっと、二対一ってか? お前一人じゃ勝てねえと悟ったか」
拍子抜けだ。こういう時は男同士のタイマンが普通だろうに。
「いいや、フォルは戦いには加勢しない。ただ俺を“強化“してもらうだけだ。だからお前もそこの女性の力を間接的に利用しても問題ないということだ」
なるほど。直接的な攻撃は禁ずることで実質タイマンになるということか。
「よーし分かった。なら、早速始めようぜ。とっとと終わらせてやるよ、パッツン野郎」
「お前が二度と調子に乗れないようにことごとく痛めつけてやるよ、クソ野郎」
思わず鼻で笑いそうになる。こいつ、本気で俺を倒すつもりでいやがる。何度も、何度も、何度も死を試みて、結局死ぬことはできなかった俺の身体がこんな奴の攻撃で朽ち果てるはずがない。
では、お手並み拝見といこうか。こいつの言う“強化“がどんなものなのか。男と男の命を懸けた戦いの始まりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ダイ1話での最初の戦いではマグロの一発KOでしたが、仲間を手に入れたパッツは前とどう変化したのか!
そしてついに、パッツはマグロの真実を知る……?!
感想や評価などいつでもお待ちしております!!