ダイ4話 そこにお前がいるから
目を覚ますとそこには、こちらを心配そうに覗き込むモンモンがいた。いや、俺が今まで寝てたのはあなたのせいなんですけどね。
しばらくして、意識が完全に回復してからモンモンの異変に気づいた。
「おい、なんで服着てるんだよ」
「ねぇ、その発言を他の人に聞かれたら大変だよ? 今度こそ本物の変態だよ? いいのー?」
「よくない。でも今は俺とお前の二人だけだし、別に問題ないだろ」
「だーかーらー、その発言もアウトー! マグロ、変態確定!」
グッドのポーズを見せながら言う。何がグッドなのかはまったく分からない。
寝起きでモンモンとの対話は心身に悪影響をもたらしかねないのでしばらく黙ってみることにする。まだぼーっとしていたい。
しかし、あのモンモンが俺にそんな時間を与えてくれるはずもなく会話を続けてきた。
「仕方ないから教えたげる。これはね、通りすがりの商人から買ったやつだよー! どう? 可愛いっしょ?」
モンモンはそう言うと、服をひらひらとやりながら首を傾げた。
「はいはい、可愛いねー。あ、服"は"ってことね」
「なにそれー、服は可愛いけど私は別にみたいな! ひどーい!」
「全部言ってくれてありがとな。まったくもってその通りだよ、ありがとう」
わざわざ説明の手間を省いてくれたのだからしっかりと感謝をしておかなくちゃ。ありがとう、モンモン。
さて、ここで一つ確認しておかなくてはならないことがある。無論、モンモンの服についてだ。
モンモンは「通りすがりの商人から“買った“」と言っていた。そう、買っているのだ。買っているということはお金を払っているということ。それくらいは小さい子どもでも分かる。
では、俺が分からないことといえば『買うために使ったお金の出所とその値段』である。聞かなくても大体分かってしまうが、俺には僅かな希望を捨てることはできない。
「それで、その金というのは……」
「ん? さっき拾ったやつだけど?」
そんな「え? 私なんか変なこと言った?」みたいな顔で言うのはやめてほしい。俺が悪いみたいになっちゃうじゃんか。
「やっぱりか。……で、その値段は?」
「私の服に1500コインで、マグロのに200コイン! だからあとは……200コイン! いぇい!」
さっきのグッドに続いて今度はピースとは。こいつもなかなか人を煽るのが得意なようだな。
それにしても、ツッコミどころが多すぎる。こいつロクな大人にならないんだろうな。
「まず俺とお前の服に値段の差がありすぎないか? ってか、値段の割にはその服ちょっと安っぽく見えるんだが」
よくよく見れば1,500コインの価値なんてあるようには思えない。せいぜい300コイン出してやっとのレベルだ。
「えー、その商人さんがねー、私にはこれが世界で一番似合うよ! さいっこーに可愛いよ! って言うからさぁ」
……こいつ、流石にちょろすぎるだろ。
「俺は優しいから教えてやる。そういうのはな、お世辞って言うんだよ。その気にさせて購買意欲を上げる、よくある手口だ。モンモンよ、それが現実なのだよ」
「うそ……そんなの、うそだよ! 私にはこれが世界で一番似合ってる……んだよね? ちがくない、よね……?」
少しずつ元気がなくなっていくモンモンの様子は、まるで萎れていく花のようだった。現実に打ちひしがれると人の心も枯れてしまうのかもしれない。でもモンモンには治癒魔法が使えるので放っておいても問題はない。
「まあ、買っちまったもんは仕方ないし、喉も渇いたからとりあえず近くの街にでも寄ろうぜ」
「ほんと?! のみもの! 私もう喉カラッカラで! はやく行こ!」
モンモンは一瞬にして元気満開になった。ご褒美という名の水の恵みが彼女に力を与えたのだ。
すっかり元気になってしまったモンモンは、それからも「のみもの〜のみもの〜」とノリノリで口ずさみ続けていた。おかげで俺の耳にその奇妙な歌がこべりついてしまった。今日は悪夢を見るかもしれないと思った。
◇ ◇ ◇
再び前に歩み始めた俺たちは、金の罠に引っかかることなく順調に次の街へと辿り着いた。道中、何か変わったことは起きなかった。とはいえ、モンモンが疲れただの喉乾いただの駄々をこねるので平穏な道のりではなかったといえる。
辿り着いたのはモズク大森林の手前にある小さな街で、広場と数軒の家と酒場や教会があるくらいだった。
大抵、情報というのは人だかりに集まる。見た感じ最も人が多いのは酒場のようだった。ちょうどいいし、残った200コインで飲み物でも頼もう。
酒場の手前まで来ると中から楽しげな話し声が聞こえてくる。時折、笑い声がどかんと響く。こいつら昼間から何やってるんだよ、とか思いつつ扉を開いた。
随分とハイに仕上がってる連中の間を縫うようにすり抜け、カウンターの席に腰を下ろす。あー、久々に座った気がする。一気に疲れが抜けていく。
「おっさん、200コインで飲み物ふたつ頼むよ」
「はいよ」
酒場のおっさんってこんなぶっきらぼうだっけ? 俺の故郷の酒場はもっとアホみたいな場所だった。ここはアホなのは連中だけのようだ。
「やっと飲み物だー。いやー、長かったねえ」
ふと見るとモンモンはテーブルに体を預けるようにしてだらんと寝そべっていた。きっと怒り疲れたのだろう。寝てるうちに置いていくのもアリだ。
そうこうしているうちにおっさんは飲み物を俺たちの前にどんと置く。波打つ液体が少し垂れる。まあいい。なんかそれっぽいし、特に気にはしない。
「うぇー、ベトベトー」
気にしないのは俺だけだった。空気を読めないモンモンはベトベトになった手を嫌な顔で見ていた。
「じゃあ手洗ってこいよ。その隙にとっとと飲んで一人で先に進むから」
「うん、それで分かったーっていうと思う? 流石の私もそんなあからさまな計画には乗らないよ!」
「いただきます」
「ちょっと早いよ! せーので飲も! せーのでっ!」
それじゃあまるで仲良しカップルじゃねえかよ。そんなのお断りだ。
「……ったく、分かったよ」
とはいえ、ここはこいつの機嫌を損ねないようにしておくのが一番だ。喉も乾いてるし変に時間をかけたくない。
「はい、せーの――」
「いただきます」
「だから早いってば!」
そんなの知るか。そう思いながらぐびぐびと流し込む。喉がすーっと潤っていくこの快感が最高に気持ちいい。
……ん?
喉が潤い始め、飲み物の味が分かり始めた時だった。俺は何か大きな異変を感じた。やがて、口の中の液体に原因があることに気づく。
――やばい、アホほどマズイ。
そうか。喉が干からびていたあまりに味を感じるまでに時間がかかったんだ。最悪だ。これ以上は飲めない……。
俺はモンモンと顔を見合わせ、飛ぶように席を立った。
……やばい! まじでやばい! なんだこのクソみたいな飲み物! 一生恨むぞこのクソじじいが、オウェ。あー、出る。これは出るぞ! マーグロッドの滝のお出ましだオウェ。はい、限界です……。
いよいよ滝が出現するという頃、ちょうど扉を開いた。よかった、間に合った。店内で嘔吐はアレだが、外にならなんとかなる。よし、出そう。すべてを委ねて……。
……オヴェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ。
酒場の前に二つの滝が出現した。この世の何よりも美しく、キラキラと輝いていた。マーグロッドの滝とサー・モンモンの滝。この素晴らしい滝を後世に残そうと思う。
これ以上ない解放感に包まれる中、俺はまたも異変に気づいた。今度は飲み物ではない。そこには、人がいた。
「……おお、パッツン騎士じゃん」
そう、なんとそこには俺たちの滝を存分に浴びたパッツン騎士がいた。こいつどうしてこんなところに?
「あー、お城の前で倒れてた人かー。元気そうで何よりだよー」
パッツン騎士は無表情でじっと固まっている。やがてゆっくりと顔をこちらに向けると、これでもかと声を張り上げた。
「この……クソ野郎がァァァァァァァァァァァァッ!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
パッツン騎士ことパッツがついにマグロたちに追いつきました!
果たしてパッツは復讐を果たせるのか?!
そして、マグロたちは大森林に伝わる奇妙な噂を耳にする……。
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