間話 パッツの復讐 〜俺は君と旅に出る〜
体に強い衝撃を感じて、重い瞼をゆっくりと開く。まだ重たい体をなんとか起こすと、そこには王がいた。
そうだ。たしか城の前で門番をしていたところ怪しい二人組とトラブルになって腹を殴られたんだ。あれだけで気絶してしまうなんて、我ながら情けないと思う。
「東スシターベ騎士団所属、パッツリータよ。門番の任を放棄し、あんなところで昼寝をするとは。お主はなかなかに余裕じゃな」
王は何の感情も込めず冷淡にそう言った。これはまずいと思った。
「はっ、申し訳ございませんでした。怪しい連中に腹を殴られ、気絶しておりました。もうこのようなことは二度とないように――」
「その必要はない。君のことはそれなりに期待していたのだがね。噂通り、あの優秀な兄のようにはなれなかったようだ。わしの護衛騎士の任を解こう。はやくお主の国に帰りなさい」
王が何を言っているのか、理解するのに少し時間がかかった。要するに俺はクビになったということだ。
でも何より気に障ったのは、兄と比べられたことだった。当たり前だ、生まれつきの才能が違うのだから。
もう、どうしようもなかった。王に反抗するなんてもはや自殺行為。現状を覆す方法なんてあるはずなかった。
「……分かりました。お世話になりました」
だから諦めてそう告げた。本当はまだ騎士としてここにいたかったし、何より国に帰るなんてわけには……。
ともあれ、いつまでもここに居座るわけにはいかないので黙って城の扉を開いた。
外に出て、俺は思い出す。ここはあの男に腹パンされた場所だ。
そうだ。あいつが俺を殴らなければこんなことにはならなかった。全ての元凶はあいつだ。俺の人生をめちゃくちゃにしたあいつを、俺は絶対に許さない。
――あのクズ野郎に、必ずや復讐してやる。
◇ ◇ ◇
俺の腹を殴ったあのクズ野郎への復讐を強く誓い、国を出た。あいつはおそらくこの国を出てまっすぐ王都を目指しているはずだ。まずはあいつに追い付かなくては話にならないので先を急ぐ。
門番は目を合わせることなくぶっきらぼうに「いってらっしゃーい」とだけ言った。それが元東スシターベ騎士団への態度か。
ただ、一人だけ例外がいた。俺が国を出る前に気さくに話しかけてくれた鍛冶屋のおっちゃんだ。
なんとおっちゃんは俺の槍を預かってくれていたという。「とある勇者様からのプレゼントだ」とか何とか言っていたが、そこは聞いてないことにした。最初から俺の槍だっつの。より一層、あのクソ野郎への恨みが増幅した。
こんな国、もう二度と来ないからな! と心の中で叫びつつ、国を背に道を進み続ける。すると、しばらく進んだところで何やら怪しげな場所を見つけた。
寄り道をしている暇はないが、好奇心を抑えきれず近づいてみると、背の高い草むらの中にぽつんと開けた空間があることに気づく。
……なんだここ。
特に何もなさそうなのでその場を去ろうとした瞬間、俺は草むらの中に何者かの動きを感じ取った。
「……だ、だれだ! そこにいるのは!」
愛用の槍を草むらの中に向けて声を張る。これでクソ野郎が出てくれば即座にぐさっと刺してやる。さあ、出てこい!
ガッチリ気構える俺をよそに、出てきたのは一匹のスライムだった。ぽよんぽよんと頼りなさげに跳ねては、弱々しい目でこちらをじっと見つめている。
「な、なんだよ。俺を食おうってか? ふんっ、あいにく俺は復讐で忙しいんだ。食うならもっと他の暇そうなやつを食ってくれ」
なるべく威厳を損ねないように気張って渾身の台詞を吐き捨てるように言うと、スライムはまるで聞いていない様子でぽよんぽよんと近づいてくる。
「なっ、話を聞いていないのか! 俺は美味しくない! 美味しくないぞ!」
それでもスライムは歩み寄ってくる。槍を持つ手がピクピクと震えている。
……なにをスライム如きにビビってるんだ、俺。
とにかく何とかしなければ。そう思うほどに体は動かなくなっていく。頭は回らなくなっていく。
やがて一歩も動けないまま、俺はスライムに飲み込まれた。
視界が真っ暗だ。俺はあいつへの復讐を果たすことなく、スライムに食われて死ぬのか。最悪な人生だったな……。
どうしようもなく、死を受け入れ始めていた時だった。真っ暗だった視界に少しずつ光が差し込み、やがてぱっと明るくなった。
……救われた?
意識はある。体も動く。どうやら幸運なことに俺は死を免れたらしい。人生最大の運を使ってしまった気分だ。
「……ハジメテ。はじめてだ、はじめて成功した……」
どこからかそんな声が聞こえてきた。周りに人の気配はない。まさか、やはり死んだしまったのだろうか。これは天の声とかそういうものなのだろうか。
「……服、ゼンブ溶かせた。はじめて、できた」
服? 全部溶かせた? なんだ、誰の声だ。何の話だ。
「……アリガトウ、通りすがりの人間さん」
今になって俺は信じがたい事実に気づいた。声の主は、目の前のスライムだった。そんなことがありえるのか? こいつはスライムだぞ?
「お前、喋れるのか? 言葉が分かるのか?」
恐る恐る聞いてみる。幻聴という可能性もまだある。
「ウン、魔王様のお力でね。ボクら魔物は昔、知性を与えられたんだ」
これは夢ではない。俺は今、本当にスライムと会話している。
「そう……なんだな。ところで、こ、こんなところで、何してたんだ?」
「仲間に置いてかれた。ボク、弱虫だから。仲間には入れてくれないんだって」
……そうか、お前もか。
「それは辛いな。俺も騎士団を追い出されちまって、ついに一人になっちまったよ」
「人間にも、そういうコトあるんだね。ボクら同じだね」
「ああ……同じ、だな」
その場に沈黙が訪れる。このスライムは悪いやつじゃないようだ。何なら俺と境遇が似ている。似たもの同士というやつかもしれない。
「ところで、一つ聞いていいか?」
「ウン、いいよ」
「……なんで俺、裸なの?」
再び、沈黙が訪れる。
目を覚まして少し経った時、やけに体がスースーすると思って見てみたら、なんとジュニアが顔を覗かせていた。まさか、このスライムの仕業か?
「それはボクたちスライムが共通して使える初級の技、“イカウヨ“だよ」
「イカウヨだよ、じゃねぇよ。俺、しばらく裸のままってこと? 服は? もちろん返してもらえるよな?」
「ボクは溶かすことはできても復元するコトはできない。だから、ムリ」
こいつ、いとも簡単に言いやがる。他人事だからって調子に乗りやがって……。
と、怒りが湧いてきた時だった。ふと冷静になって、あることに気づいた。
「……でも、悪くないな」
「え?」
「いや、最初はよくも! って思ったんだけどよ。悪かねえんだよ。むしろいいよ、すごくいい。なんか、ありのままの自分って感じでよ」
流石に裸で人前に出る勇気はまだないが、これはこれでアリだと心底思う。
「……ほんと? イヤじゃない? 怒らない?」
「ああ、イヤじゃない」
「……ボクのこと、殴らない?」
「もちろん。そんな酷いことは絶対にしない」
「……ウレシイ」
「俺もだ。ありがとうな、スライム」
新しい自分に気づかせてくれた。ありのままの自分を好きでいられる唯一の理由を見つけてくれた。そんなの、きっちり感謝しないと男が廃る。
感謝か。そういえば、あまりしたことなかったな。
それに、こんな風に誰かと会話するのも随分と久しぶりだ。俺はそのことが、異様に嬉しかった。
「……なあ、俺と一緒に来ないか?」
気づけば、そう言っていた。それはたしかに、心の奥底から出た本物の言葉だった。
「え、いいの? ほんとにボクなんかが一緒で」
「むしろ俺は、お前と一緒に行きたいな。お前さえよければ、俺の……俺の――」
あと少しなのに、ただその一言が出てこない。
ずっと、本当は欲しかったモノ。
手に入れたくて、もがいて、苦しんで。それでも手に入れられなかったモノ。
まだ、願ってもいいのだろうか。
こんな俺にその権利はあるのだろうか。
分からない。分からないけど、そう願わずにはいられない。
「――俺の、仲間になってくれねえか?」
不思議だ。こんな言葉、前の俺なら死んでも言わなかっただろうに。
諦めかけていたのに、今になって言えるなんて到底思いやしなかった。叶っても叶わなくても、俺はそれを言えただけで意味のある時間だったと心から思える。
何度目かの沈黙は、もはや居心地がよかった。
そして、スライムはゆっくりと、コクリと頷く。
それは実に数年越しに願いが実った瞬間だった。ただひたすらに、嬉しかった。
昂る思いを押し殺しながら、俺はスライムに手を差しだす。スライムは、俺の手にぽよぽよの小さな手を乗せる。
「俺の名前はパッツリータ。パッツって呼んでくれ」
「ボクは、フォルマー。フォルって呼んでね」
こうして、俺にはフォルというスライムの仲間ができた。
これから俺は、仲間のフォルと共に旅に出る。
あのクソ野郎への、復讐の旅に。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
動き始めたもう一つの物語!
これからは、主人公マグロがダイ1話で腹パンを喰らわせたパッツン騎士ことパッツリータ視点の話も書いていきます!
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