ダイ3話 その怒りに触れし時、大いなる雷を呼ぶ
しばらく拾い集めて、100コインが19枚。これで所持金は1,900コインにまで跳ね上がった。いやー、旅に出て正解だったな。この調子なら死ぬまでの間、十分に贅沢できそうだ。
それにしても、なぜこんなに金が落ちていたのだろう。しかも、まるで道標のように不自然に。見つけた時は気が高揚して特に何も思わなかったが、今になって冷静に考えれば明らかにおかしいことだった。
ふと、辺りを見回してみる。目線ほどの高さの草が生い茂り、視界は劣悪。だが俺たちが今いる地点は草が生い茂っておらず、まるで意図的に開かれた場所のようだ。
「ねえーマグロ見て! この青いのポヨポヨだよ!」
見れば、モンモンは謎の青い物体に指をつんつんとさせて楽しそうにしていた。
「ああ、それはスライムだ。あまり触るなよ、すげぇ生意気な目をしてやがる」
モンモンが触れている青い物体――スライムは、それはもう生意気な目つきでモンモンを睨んでいた。
「……オイ、クソ人間。俺に気安く触るんじゃねえ」
……喋った。今たしかに喋ったぞこのスライム。
「よし、もう十分癒されたし、そろそろ先に進もう。さ、そいつにバイバイして行くぞ」
喋るスライム。鋭い目。なぜスライムに目があって、なぜスライムが喋るのかは知らないが、気味が悪いのでとっとと先に進もう。俺はスライムに構ってるほど暇じゃないんだ。
「じゃ、バイバーイ」
モンモンはスライムにひらひらと手を振る。よくもまああんな目をした奴にご丁寧に振る舞えるよなと呆れつつ、目の前に立ちはだかる草むらを掻き分ける。
「オイ、クソ人間。逃げられると思うなよ」
後ろからそう聞こえてきた。内心イラっとするのを堪えて、この場を脱しようとしているとガサガサと辺りの草が動き始めた。まるであちこちから何かが迫ってきているような、そんな感じだ。
「オマエ達は、完全に包囲されている!」
すると、辺りの草むらから数十体のスライムがぞろぞろと顔を覗かせる。
……なるほど、スライムの群れだったのかよ。
だからやけに強気だったんだな。というか、そんなことよりも気になっていることが一つある。この際、聞いてみるほかない。どいつか一匹くらいは教えてくれるだろう。
「ちょっと待ってくれ! 包囲だかなんだか知らねえが、一つ教えてくれないか? なぜお前たちはスライムなのに喋れるんだ? スライムってそんな知性あったか? いや、あれね、バカにしてるとかではなくて。単純に疑問」
「オマエ、そんなことも知らねえのか。オレたち魔物は魔王様の力によって知性を与えられたのだ。目的が何かは知らんが、そのおかげでオレたちは会話をできるようになった。今や、金と権力に溺れて理性を失ったオマエたちクソ人間を遥かに上回るほどの知能を手に入れたということなのだ」
よく分からないが、分かった。こいつは俺たちをひたすらにバカにしている。スライムのくせに生意気だ。こんなポヨポヨ、俺の渾身の拳でドロドロにしてやる。
「いくら心が優しいで定評のある俺でも、流石に許せねえ。俺を怒らせたが運の尽き。くらえ、俺の拳!」
パッツン騎士の時と同じ要領で俺はスライムに殴りかかった。しかし、俺の拳はスライムに当たるや否やどろりとした体に負け、完全に勢いを吸収されてしまった。
「オマエたちクソ人間のショボ攻撃なんてオレたちには通じないのだ。そうだな、オマエたちにはあいつがお似合いだ。オイ、フォルマー。見せてやれ、オマエの渾身の特技を」
すると、周りのスライムたちは何やらわーわーと歓声を上げ始めた。それは段々激しくなっていき、やがて草むらの中から一匹のスライムが飛び出てきたところでぴたりと止まった。
「ほら、はやくあのクソ人間たちに見せてやれよ」
先ほどから生意気に喋り続ける群れのボスらしき存在は、真ん中にぽつりと弱々しく佇むスライムに催促する。スライムにも上下関係があるんだなとか思いつつ、俺は中央のスライムに目を向ける。
さて、渾身の特技というやつを見てやろうではないか。湯水のように金が湧き出るとか、目の前の物体を金に換金させるとかだと非常にありがたい。助かる。最高。
そんな心持ちでスライムの動向を見守っていると、弱々しく佇んでいたスライムはぽよんぽよんと跳ねながら俺の方へ向かってきた。近くで見たスライムは、敵意も何も感じられない無の表情をしていた。
「スライム・スペル:“イカウヨ“」
スライムは何一つ表情を変えることなくボソリと呟き、一瞬にして俺の体を包み込んだ。一体何が起きたんだ。スライムが何やら呪文のようなものを唱えてから俺の体を包み込んで……それで何が起こるんだ?
真っ暗な世界であれこれ考えていると、ぱっと視界が明瞭になった。どうやら体からスライムが離れてくれたらしい。
俺は咄嗟に体を確認する。腕や足、顔から頭までぺたぺたと触って確認するも、服を着ていないだけで特に異変はなかった……。
――服を着ていない?
とんでもない情報を見落とすところだった。それだと俺は普段から裸で暮らしているみたいではないか。俺は裸族の生まれでもないし、そんな変な趣味も持ち合わせていないので勘違いされたくない。
でも、下着だけは一応身につけてあるのでまだ真の変態にはなっていない。それだけでひと安心だ。
ほっと息をつくのも束の間、俺はこの状況についてスライムくんに聞いてみることにする。
「おいお前、俺の服はどこへ行った。ってか、どうやってやった!」
こうなるとむしろ服の行方よりもその方法について知りたくなる。不思議だ。
「ボクのワザ……“イカウヨ“で……溶かした……」
なんだ元気ねえなこいつ。それに周りのスライムたちも軽蔑の視線を向けているように思う。嫌な空間だ。いや、その視線は俺じゃなくてスライムくんにってことね。
「ワハハハハー! マグロ、へんたーい。服着てー!」
誰かと思えばモンモンか。実に不快だ。他人事だからって高みの見物など、俺的裁判重罪判決まったなしだ。
「ワハハハハー! 人の裸を見て楽しげに笑うとは、変態とはどちらのことだろうなー!」
目には目を、歯には歯を、煽りには煽りを。これは一般常識というやつだ。
俺の煽りを受けたモンモンは「だーれが変態よ! そんな格好でよく言えるねー! ばーか! へんたーい!」などと言いながら赤い顔をしていた。そんな変態を無視して俺はスライムくんとの会話を再開する。
「よし、じゃあ服を返せスライムくん。俺は心優しき真面目くんとして生きてきたんだ。これじゃあ一発で変態くんになっちまう。それだけは絶対に阻止しないといけない、この命をかけて……」
「オーイ、そんなクソ人間の言うことなんていいから、とっとと終わらせろよー」
この声は……またさっきのボス野郎だ。どちらかというとスライムくんよりあいつにイライラしている。人を怒らせるプロに特別に認定してあげよう。
ボス野郎に言われ、スライムくんは俺のことを見事なまでにフル無視して今度はモンモンの方へ向かっていった。
ぽよんぽよんと音によらず元気なさげに近寄ってくるスライムに困惑しているのか、モンモンはポカンとしていた。
思えば、この時点でモンモンは気づくべきだった。つい先ほど、スライムくんが俺に何をしていたのかということ、そしてそれが自分の身にも起ころうとしていることを。
スライムくんに包まれたモンモンは、服を溶かされ、下着姿になっていた。俺はそれを見てざまあみろと思った。
周りのスライムたちは下着姿の俺たちを見てゲラゲラと笑っていた。まったく何が面白いんだ。おかげで俺は危うく人生の道を踏み外すところだったというのに。
……意外と、慣れると大したことないな。とか思っちゃったんだから!
その時、俺はこれまでにない強大な感情を感じ取った。それはたしかにモンモンからだった。モンモンは、どうやら怒っているようだった。
「この……へんたーいッ!! クソスラーイム!!」
モンモンはまるで呪文を唱えるかのようにスライムを殴り飛ばした。なんと、モンモンの拳はスライムの柔らかい体を吹き飛ばしたのだ。女の怒り、恐るべし……。
スライムくんは少し先まで吹き飛んで、そのまま気絶してしまった。それを見た周りのスライムたちはまたもゲラゲラと笑いながら、「じゃ、またなー。クソ変態どもー」と言って草むらの中に姿を消した。
俺は過ぎ去るスライムたちにあっかんべーをして、気絶しているスライムくんにお祈りをして、モンモンの方へと歩み寄る。
しかしモンモンは警戒しているらしく、自身の体を抱くようにして座り込んでいる。
「安心しろ。俺たちは今、仲良く変態同士だ」
「……それが嫌だって言ってるの!」
「いいや、「それが嫌だ」とは言ってなかったぞ。あいにく俺はお前の心の声を聞けたりはしないんだ、ごめんな」
「うるさい! いいから早く服持ってきて!」
「そんなこと言われてもなあ。予備の服とか持ってねぇよ」
あったら既に着てるわって話だ。俺だって服を着たい。そりゃあ一度はこの格好も悪くはないと思いかけたが、俺はまだそのラインに到達していない。まだ服を着たい。
「服が欲しいとは言われても、次の街までこの格好で行くしかねえよ」
「やだ。絶対にムリ。ムリったらムリったらムリ」
どうやらモンモンの意思は変わらないらしい。こういう時は話を逸らして気を紛らわせるのが一番だ。そうだな、さっきふと思ったことでも話しておくか。
「お前、スライムより圧倒的に弾力不足っぽかったなー。どことは言わないが、まぁ人間みんなそんなもんだろ。気にすんなよ」
言い終えて、これが大失言だったことに気づく。しかし、時既に遅し。俺の顔面に強烈な拳が飛んできた。俺は体も意識もどこかへと飛んでいってしまった。これは……事件です。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
スライムの罠に引っかかり、早速トラブルに巻き込まれたマグロとモンモン。果たして彼らの旅はどうなってしまうのか?!
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