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死にたい勇者は空に笑う  作者: 中野ると
序章 死にたいと願う旅へ
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ダイ1話 死にたい勇者は旅に出る 後編


 扉を開けたその先には、それはもう豪華な空間が……広がってはおらず、ところどころヒビが入ったりやけに古めかしかったりと想像していた王室とは随分とかけ離れていた。


 長く敷かれた中央の赤いカーペットはしばらく洗っていないのか汚れが目立つし、騎士も数えるほどしかいないし、とにかくとても王室といえる雰囲気ではなかった。

 

「お主、挨拶もなしに我が王室に足を踏み入れるとは、一体どういうつもりじゃ」

 

 堂々とした話し方、威厳のある太い声、あの無駄にでかい椅子にずしんと座ってる太っちょが、例の高いところを好む国王様(バカ)か!

 

「どうも、マーグロッドっていいます。ちょっとこちらの事情で魔王に用があるので勇者になりにきました」

 

 こういう時は要件は素直にストレートに伝えるのが一番だ。変に遠回しな言い方をすればかえって怪しくなる。

 

「ほお。魔王に用というのは、一体どういったことなのか教えてもらえるかね」

 

「それはもちろん、ころして――」

 

 突然声が出なくなったと思えば、モンモンが俺の口を両手で塞ぎ込んでいた。まーた余計なことをしてくれる。

 

「ころします! ころします! 魔王を木っ端微塵にぶっころします!」

 

 ……何言ってんだこいつは。俺が魔王をころすためにわざわざ勇者になんてなるわけないだろうが。

 とりあえず口を塞ぐ手が邪魔で仕方ないので思い切りべろりと舐める。するとモンモンは「いぎゃー!!!!」と発狂しながら両手を何度も擦り付けてきた。それを無視して俺は国王に言う。

 

「なぁ国王、いいから早く俺を勇者として送り出してくれよ。金とか武器とか、いろいろくれるんだろ?」

 

「それがお主の本性かね。我にそのような無礼な態度、当然覚悟はしておるのだろうな?」

 

 そう言うと国王は俺の方を指さして「死刑!」と叫んだ。

 

 ……よし、作戦通り。

 

「ヤレるもんならヤってみろよ! この、クソデブじじいがっ!」

 

 煽る。煽れるだけ煽る。そして、強力な一撃を、俺に!

 

「ク、クソジジイだとぉー! 許さぬ、許さぬぞー!」

 

「バーカ! 俺が言ったのはクソ“デブ“ジジイだ。お前耳ついてんのか?」

 

「やかましい! どちらにせよわしはお前を許さぬぞ!」

 

 ……かかった!

 

 国王の怒りは爆発し、手元の杖のような棒をこちらに向ける。おそらく国王級の強力な攻撃が繰り出されるのだろう。さあ来いよ、デブ王!

 いよいよ俺がデブ王に処刑されようという時、突然「おりゃー!」という情けない声とともに騎士が槍を持って俺の方へ向かってきていた。

 

「おいおい、なんだよ。(あいつ)じゃなくて、お前かよ!」

 

 思わずツッコミを入れてしまった俺の胸元に騎士の槍はぐさっと突き刺さる。俺が最も慣れている死に方だ。

 

「ワーハッハッハッハッハ! 王に逆らうからこうなるのだぞ、この若造が!」

 

 高らかに実に楽しそうに笑う王は、すっかり油断しているらしかった。槍が突き刺さったままの俺を見下ろして笑い続けている。

 

「……まあ、お前らにも俺は殺せないか」

 

 期待して損した。最初からそこまで信用していたわけではないが、こんなところで時間を潰している暇はない。とっとと終わらせて魔王様のところへ行こう。

 俺はゆっくりと立ち上がり、一歩ずつ国王の元へ向かう。死んだと思っていた俺が動き出し、自分の元へ向かっていることに気づいた王は、もはや言葉も出せずに震えている。

 

 汚いカーペットの道を進み、王の椅子のすぐ前まで行き、王に顔を近づける。こいつ、ちょっと臭いな。俺は思わず鼻をつまむ。しかしそんな無礼な仕草にも王は怒る気力すらないようで、ただ無言で様子を伺っていた。

 

「言い忘れてたな、国王。実は俺、不死身なんだよ」

 

 決まった。我ながらなかなかにかっこいい決め台詞だ。毎晩、寝る前に練習した甲斐があった。

 

「わ、わかった! わかったから、とっとと出ていけ! 勇者の剣だかなんだか知らんが、持ってけ!」

 

「そんなに怖がるなよー。ただ不死身ってだけじゃん」

 

 言いながら、王が投げ捨てた勇者の剣とやらを手に取る。なんだかかなり錆びてるような気もするが、これはきっと戦いの傷というやつだろう。それはそれでかっこいい。

 

「これでマグロも立派な勇者だね! 王に選ばれし勇者と可愛くて有能な治癒魔法使いの最強コンビだね!」

 

「可愛くて有能な治癒魔法使い? そんなのいたっけか」

 

「いるじゃんここに! それを言うならマグロだって王に選ばれし勇者じゃないじゃん。王を脅して無理やり選ばせた勇者じゃん」

 

「別に俺は自分のことを王に選ばれた勇者とか言ってないし。ってかなに、王を脅して無理やり選ばせた勇者とか、なんか強そうでいいな」

 

 自分の身体に刺さっている槍をぐっと抜きながら言う。

 

「はいはいつよいつよい。もうそういうことにしといてあげる。とりあえず、傷治すから」

 

 そして俺はまたしても緑の光に包まれ、槍の貫通で受けた致命傷はみるみるうちに消えていった。

 

「ところで、金は? ほら、どうせなら美味いもんたくさん食ってから死にたいし」

 

 剣はもらったが、まだ金は貰っていない。一文無しで魔王様に会いに行くなんてまず不可能だろうし、ここはなんとしても頂いておかなくては。

 

「何を言っとる。大陸で最も力を持たない東の大地にある国に、勇者へ送る金なんてあるわけなかろう。あったらとっくにこの部屋を綺麗にしておるわ」

 

「おーけー分かった。とりあえずモンモンの貯金でやりくりするわ。じゃあな、国王」

 

 俺は手のひらをひらひらやりながら王に背を向け、王室の出口へ向かう。貧乏王国のデブ王様にもう用はない!

 

「ねぇちょっとマグロ! 今私の貯金がどうって言った?! 言ったよね?!」

 

「言ってない」

 

「いいや、言った! 私この耳でちゃーんと聞いたんだからね!」

 

「……言ってない」「言った!」「言ってない」「言った言った言った!」と、無駄な会話を繰り返しながら俺たちは王室を後にした。

 未だそこに横たわるパッツン騎士に改めて別れを告げ、長い長い階段を下った。階段を下り終えると、すぐそこの家の壁にパッツン騎士の槍が刺さっているのを見つけた。ふと、名案を思いつきその槍を抜く。

 

「それさっきの人のやつでしょ? マグロはもう剣持ってるし、抜いてどうするの?」

 

「うーん、そうだな。有効活用ってやつだ」


「有効活用?」

 

 モンモンは理解不能とでも言わんばかりに首を傾げつつ俺の後を着いてくる。

 そう、有効活用。あのまま壁に刺さっていても家主が困惑するだろうし、治安の悪い街だと思われてしまう。そんなことは俺の中にあるひとつまみの故郷愛が許さない。

 しばらく歩いて街の広場まで来ると、人々の話し声や商人の呼びかけが交差する中、一際甲高い音が聞こえてくる。この国唯一の鍛冶屋だ。

 

「よ、おっちゃん。これ、買い取ってほしいんだけど。いけるか?」

 

 俺は鍛冶屋のおっちゃんに槍を見せながら言う。

 

「なかなかいいもんじゃねえかよ。本当にいいのか? 俺の長年の経験と知識からして、それなりの価値があると見た」

 

「ああ、もう使わねえからさ。捨てるのも惜しいし、どうせならおっちゃんにって思ってよ」

 

「よーしわかった。その槍、買い取ろう。ちょっと待ってな」

 

「助かるぜ、おっちゃん。ありがとうな」

 

 一応、槍にさよならと言い、おっちゃんに手渡した。おっちゃんは槍を持ったまま店の中へと入ると、少し経って深刻な面持ちで出てきた。

 

「申し訳ないが、この槍を買い取ることはできねぇ」

 

「……え?」

 

「この槍、随分と古いみたいでよ。ほら見ろよ、柄の部分がひび割れている。悪いが買い取るこたぁできねぇ」

 

 ……あのパッツン野郎、なんでこんなの使ってんだよ。

 王を護衛する気なんてさらさらなかったのではと疑わざるを得なかった。

 

「分かった。なら、この槍はあの階段の上で伸びてるパッツン野郎に渡しといてくれ。勇者様からのプレゼントだ、ってな」

 

「おお、わかった。責任を持って渡しておこう。本当、すまなかったな」

 

「いいってことよ。金なんて、すぐに手に入るさ」

 

 俺はそう言い残しておっちゃんに背を向ける。

 昔、父親が言っていた。男ってのは背中で泣くんだ、と。

 

「ねぇ、なんで泣いてるの? 怖いよ、マグロ」

 

「な、泣いてねえし! 余計なこと言うんじゃねえ!」

 

「あははは! 目のとこに涙あるじゃん! まあまあ、強がらなくていいんだぞー」

 

「……いいから、行くぞ」

 

「あー話そらしたー」とかなんとか言いながら、モンモンは俺の隣に並ぶ。

 

 俺たちはいよいよ、この国を出る。……無一文で。

 まぁでも、今さら戸惑いなんてない。俺はあの日からずっと“死“を求めて生きてきたんだ。辛く苦しい日々を耐え抜いて、なんとかここまできた。

 でも、もうそれもおしまいだ。この世界において最も強大な力を持つ魔王を前にすれば、この不死身の体も成すすべなく朽ち果てることだろう。

 

「今ならまだ引き返せる。大人しく帰ったらどうだ」

 

 俺は隣のモンモンにそう声をかける。本当なら俺一人で十分だが、何と言おうとこいつの答えは変わらない。そんなこと、痛いほどよく知っている。だからこれは“念のため"というやつだ。

 それに、俺はこいつを――。

 

「行くよ、私。中途半端な気持ちじゃない。本気だよ。私はあの日、マグロを死なせないって誓ったから」

 

 たしかに、その瞳に穢れはなかった。ただまっすぐ、俺の目を――もしくは、その先の“何か"を見据えていた。

 

「その前にお前が死んでも俺は責任取らないからな。今ちゃんと言ったからな!」

 

「分かってる! 分かってるから、はやく行こうよ!」

 

 モンモンはやけに乗り気だった。それはもうしつこいほどに。

 大きな石造りの門の前に立ち、呼吸を整える。

 

「さてと……じゃあな、故郷」

 

 それなりにお世話になった故郷に別れを告げ、俺たちは門をくぐる。故郷に背を向け、目の前の道を進んでいく。

 俺は、旅に出る。“死“を求め、最初で最後の旅に出る。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

ついに旅に出たマグロとモンモン。果たしてマグロは不死身を打ち破ることができるのか?!

さぁ皆さん! マグロたちと共に旅立ちましょう!!

感想や評価など、お待ちしています!

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