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死にたい勇者は空に笑う  作者: 中野ると
東の大地編:第一章 神炎の伝承と消える少女
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ダイ22話 東の勇者、哀しき現実!


 それは実に小さな晩餐だった。


 ヨーコワッドが貰ってきたという食事は、大して豪華ではなかった。

 別にそのことに不満がある訳ではない。頂けるだけ有り難いものだ。


 食事の内容は肉が大半を占めた。おそらく魔物の肉だ。

 とはいってもゴブリンなどの肉を食用として扱う文化は聞いたことがないので、これはきっと動物系の魔物だろう。


 ここ、モズク大森林にも動物系のの魔物が生息している。そのほとんどが大人しく攻撃性を持たない個体だ。

 だから食料調達の面からして優秀なのだと聞いたことがある。


 他にもそこらで取れたであろう山菜や肉と山菜のスープ、果実の盛り合わせなどがあった。

 そうして俺たちは、会話に花を咲かせながら食事の時を過ごした。久々のちゃんとした食事は疲労した心身に染みるようだった。


 かなり疲れていたからか、それからの記憶はなかった。

 朝になって、俺たちは床に倒れるように寝ていたのだと気づいた。


 目が覚めて、重たい体をゆっくりと起こしながら室内を見回す。窓から差し込む光が眩しくて一瞬、目を逸らす。

 モンモンは依然として爆睡していたが、ヨーコワッドの姿は見当たらなかった。


 まさか、と思った。


 やはり昨晩のやり取りでは気持ちが整理できなかったのだろうか。そんな可能性が頭に浮かんで、咄嗟に名前を呼んだ。


「ヨーコワッド!」


 しかしヨーコワッドからの返答はなく、モンモンが寝言で「ふにゃあ」と言ったのみだった。

 途端に先ほどの想像が現実かもしれないという恐怖が俺を襲う。


 押しつぶされそうな心持ちでどうしようかと考えていた時だった。扉が開き、誰かが部屋の中に入ってきた。


「師匠、どうかしたのですか? 顔色が随分と悪いように見えますが……」


 ヨーコワッドだった。


「い、いや? そんなことはないぞ。誰だって寝起きはこんなもんだろ」


 恥ずかしい。ヨーコワッドがいなくなったと勝手に勘違いして不安になっていたなんて恥ずかしくて言えない。


「ならよかったです! それより、ここの家主さんにお願いしてみたらもう一晩泊めてくださるとのことでした! 師匠、どうします?」


「何を言ってるんだヨーコワッド。俺たちは急いでおっさんのところに戻らねえと」


「そだよぉ、お金が待ってるよぉ。……ふわぁ」


 誰かと思えばモンモンがまさに寝起きといった様子でそう呟いた。ほとんどあくびだ。


「ったく、意地汚え魔女だぜ」


 やれやれ。本当に金に目がないんだから。

 と、そこで俺はあることに気づく。

 本来はもっと始めに気づくべきだった重要なこと。


「なあ、ヨーコワッド。この家って……誰の?」


 そういえば、と思い返す。

 気づいたらこの部屋にいてなんだかんだで一晩を過ごした。知らない人の家で。


 というか、モンモンはなんでここにいたんだろうか。

 モンモンに家を借りるほどの財力はないし、あるなら先に言えやという話だ。


「この家は……ちょうど今来ましたよ! この方です!」


 そう言うとヨーコワッドは両手を扉の方に向けた。


「……なに?」


 そこから姿を現したのは例の生意気少女だった。

 いくら駆け出しの勇者とはいえ、これでも俺は東の勇者だ。それなのにグズだのノロマだの言うだけ言って姿を消したこいつを、俺はまだ許してないからな!


 俺は東の勇者としての尊厳をアピールするために生意気少女に鋭い視線で威嚇する。


「……はぁ」


 こいつ、俺と目を合わせて分かりやすくため息つきやがったぞ!


「ウチ、モンモンさんとヨーコワッドくんしか認めてないから。あんたは野宿でもしたら? その方がお似合いだと思うけど」


「な……」


「黙って。いいから早く出て行って。この家から、いや、この村から」


 俺は唇をぐっと噛んで耐える。いくらあれこれ言われたとて、相手は子どもだ。ここで手を出せばそれこそ勇者としての尊厳もクソもなくなってしまう。


 ――なんで俺はそこまで“勇者“にこだわってるんだ?


 すっかり忘れていた。

 俺が勇者になったのは魔王に会い、不死身の呪いを突き破って殺してもらうためだ。

 こんなクソみたいな世界で生きるという苦痛から解放してもらうためだ。


 それに、俺は勇者らしさなんてものは求めないと決めている。それは変わらぬ信念だ。

 それなら。

 それなら俺は、俺らしくがつんと言ってやろう!


「おい、お前!」


 さぁ、聞け。お前の腐った性根を叩き直してやる!


「……なに?」


 それは、悪魔のようだった。

 鋭利な刃物のような視線、氷のように冷たい態度。

 なにこれ、俺だけ扱いおかしくない?

 流石に嫌われすぎじゃない?


「いや、まぁ……」


 結果、悲しくなってがつんと言ってやることはできなかった。いや、これは俺の優しさ。そう、優しさ。

 そんな俺を見かねてか、寝起きのモンモンが口を開く。


「ねぇ、もしよければマグロも泊めてくれたりしないかな?」


 モンモン……。

 俺は少女こいつのことをバカにしすぎていたようだ。


 人の優しさというのは普段はなかなか気づけないものなのかもしれない。

 だからこそ、それが伝わった時はお互いが嬉しく思えるのだろう。


「ほら、マグロは雑用でもなんでもするからさ! 部屋の掃除? ばっちこい。炊事洗濯? ばっちこい! 庭の手入れ? 肩揉み? ばっちこーい! だよ!」


 ――このクソ魔女がぁッ!


「お前、好き勝手言いやがって! なんで俺がそこまでしなきゃいけねぇんだよ! なら全然野宿でいいね! なんてったって自由だからな! 外で一人なら変に気遣うこともねえし、それくらい俺からすれば大したことねぇから!」


 ここは勘違いされないようにしっかり言っておかなければ。別に俺は雑用が嫌な訳じゃないよ、野宿も結構好きなんだよ。


「――かわいそうに」


 ぼそっと、モンモンは無表情で呟いた。


「師匠、安心してください。僕も雑用、手伝いますから」


 ヨーコワッドは言いながら俺の肩にぽんと手を置く。


 いや、なにこれ。

 これではあまりにも俺がかわいそう。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

やはり駆け出しの勇者が認められるにはその力を存分に示さなければなりません。

新米勇者・マグロの今後の活躍にご期待ください!

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