間話 パッツの復讐2 〜俺はお前を許さない〜
なんだか、視線を感じる。
ついでに強い圧も感じて、思わず目を覚ました。
そこにいたのは――この人はたしか……そうだ、酒場のおっさんだ。
「ようやく目を覚ましたようだね」
「……あぁ、はい。どうも」
ダメだ。まだ頭が働いてない。状況も理解できていない。
ここはどこだ?
ぐるりと辺りを見回す。俺はどうやらどこかの家の何かの部屋のベッドに寝かされているらしい。
「えっと、ここは……」
「私の酒場の二階にある部屋だ。昨晩、君の友だちが寝泊まりしたところだよ」
「トモダチ?」
なにそれ、誰それ。俺に友だちなんていたっけ? そう言って辛い現実に思わず涙をこぼす。
「あの、俺、友だちなんていねぇっすよ……」
「おや、では君が一晩中枕にしていたスライムくんは友だちではないのかね」
――え?
すると、頭の辺りでごそごそと何かが動いた。
「パッツ、ここだよ。ここにいるよ」
本当だった。俺は本当に一晩中フォルを枕にしていたのか……。
「フォル、すまない。俺、全然気づかなくて」
「別にいいよ。ほら、ボクはスライムだからパッツが枕にしたくらいじゃ潰れないし」
あぁ、フォルの優しさが心に沁みる。
「それで少年。君に友だちがいないと言うのなら、そのスライムは君にとって一体何なんだね」
俺にとってフォルは何なのか? そんなの答えはたった一つだ。それは世界の決まりごとなのだ。
「その答えはたった一つ。俺にとってフォルは――」
フォルがじっとこちらを見ている。おっさんは依然として無表情で俺の言葉を待っていた。
「――相棒です」
決まったぜ。でもこれはカッコつけたい訳じゃない。本心でそう思ってる。フォルは親友であり相棒なのだ。友だちなんてよそよそしいものでは断じてない。
「……随分とベタな答えだ。でも、嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます……」
俺は今、果たして褒められたのだろうか。
おっさんのどっちつかずな発言を受け、なんだか複雑な気持ちになった。
まぁ、嫌いじゃないらしいし問題はないか。
◇ ◇ ◇
俺とフォルは下の階の酒場へと案内された。
俺があいつらにゲロを吹きかけられて、挙げ句の果てに目の前にいるおっさんに吹き飛ばされた地獄のような場所だ。
朝だからか、酒場に客の姿はなく閑散としていた。
「早速だが、君たちに頼みがある」
おっさんは俺たちに飲み物を差し出しながら言う。
「先日、君たちによって破壊された広場の像の話だ。あのまま放置という訳にもいかないだろう。何が言いたいか、もう分かったのではないかね?」
――なるほど。嫌です。
というか、元はといえば俺たちを容赦なく吹き飛ばしたおっさんにも非があるんじゃないか? 吹き飛ばされながら方向転換なんて器用な技は到底できない。
「同じ話を剣を持った彼にもしたよ。すると彼はこう言った。“あいつに任せろ“とね」
あいつめ。俺が眠っている間に勝手なことを言いやがって。
「それで、あいつは全ての責任を俺に押し付けてこの町を去ったのですか?」
「いや、彼には森の調査を依頼したよ。もちろん、町を守るためにね」
「森? 森って、あのモズク大森林のことですか?」
モズク大森林。騎士団に所属していた頃、一度話を聞いたことがあった。
かつては東の大地の名所として多くの人が訪れる場所だった。
しかし、魔王復活の際、東西南北にそれぞれ封印されていた四大魔獣の封印が解かれてしまった。そのうち東の大魔獣・ヒュドラの根城がモズク大森林であり、それっきりモズク大森林は人の寄り付かない薄暗い森へと変貌してしまったのだ。
ヒュドラは当時の東の勇者によって再び封印されたが、近頃になってその封印の力が急激に弱まったというのも小耳に挟んでいる。
「その通り、彼らが向かったのはモズク大森林だ。とはいえ、ヒュドラの根城はここよりもっと南の方。まだ完全に封印が解かれていない以上、彼らにヒュドラによる危害が及ぶ可能性は皆無だと判断した、ということだよ」
「では、俺も相棒と共に森の調査に向かいましょう」
「何を言っているのだね。森の調査は既に足りているよ。それより君たちには破壊された像の修復を頼みたい」
え? あれを直す? 俺たち二人で? どうやって?
「えっと、それは冗談では……」
「本気だよ。私は君たちに本気でお願いしているのだよ」
たしかに、おっさんからは冗談じみた空気は一切感じ取れなかった。相変わらず無表情で淡々としている。
「パッツ、これは断れなさそうな感じだね」
「んー、まぁそうだな。おっさんは絶対に許さないだろうな」
俺たちに残された選択肢はもはや『はい、やります!』しかないらしい。最悪だ。なんで俺たちが……。
「では、仮に俺たちが引き受けるとして、その見返りは何かあるんですか?」
「そうやって君たちはすぐに見返りを求める。今回に至っては、君たちが街を傷つけたことが原因だというのに」
――そんなこと言われましても。
俺だって別に傷つけたくて傷つけた訳ではない。むしろ、俺だって色々と傷ついた。
「分かったよ。ではこうしよう。報酬は剣を持った彼と半々で渡そう。私も金に余裕がある訳ではないのでね」
あいつと仲良く報酬を分けっこだと? もらえないよりはマシではあるが……。こっそり多めにもらっちゃうか。
すると、よほど不機嫌さが表に出ていたのか、フォルは俺を見て察したように言った。
「パッツ、ここはおじさんの言う通りにしよう。ボクたちにそこまで言う権利はないよ。安心してよ、ボクもしっかり働くから」
あぁ、フォル様!! と心の中で叫ぶ。
本当、フォル様々だ。
俺なんかが一緒にいていいのか不安になるくらいフォルは良いやつだ。フォルがスライムなんてのは一切関係ない。俺はただ、良い仲間に巡り会えたことをしみじみと痛感している。
アイツへの復讐に付き合わせて申し訳ない気持ちもあるが、フォルはそれすらも許容してくれた。
だからこそ、俺は必ず成し遂げなければならない。
俺の、アイツへの復讐を。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
パッツは私の中では第二の主人公だと思っています。
今はまだ登場は少ないですが、この先物語を動かすキーパーソンとなりますのでご期待ください。




