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死にたい勇者は空に笑う  作者: 中野ると
東の大地編:第一章 神炎の伝承と消える少女
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ダイ18話 マグロの生い立ち 前編


 外に出ると、そこには紛れもなく集落があった。

 木造りの家が点々と並んでいる。中にはまだ明かりがついているところもあった。


 そうか、いつの間にか例の集落に来ていたのか。

 集落はたしかにあった。今もちゃんと存在していた。


 これでいい。これでいいのだ。これ以上、この森に何も望んでいない。

 モンモンだって見つかった。ヨーコワッドは……まぁ、モンモンに任せればなんとかなる話だ。


 あとは帰っておっさんから報酬をもらい、それなりに贅沢に過ごしてから急いで魔王の元へ向かう。きっと誰かしらが魔王の居場所の手がかりを持っているだろう。


 そうしたら、すべてが終わる。そうすれば、俺はこのクソみたいな世界でクソみたいに生きなくて済む。

 それでいい。それでいいのだ。それ以上、俺は何も望んでいない。それなのに、俺は。


 ――俺は、一体なにをしているのだろう。







   ◇ ◇ ◇






 それは、俺がまだ幼い頃のことだった。


 俺にはあまり家族で過ごした記憶がない。

 両親は昼間はいつも家にいなくて、代わりに近所に住むじいさんが俺の世話をしてくれていた。


 じいさんは俺にいろいろなことを教えてくれた。

 世界には魔王がいて、魔物がいて。それらと戦う勇者がいて、騎士団がいて。


 勇者も騎士団も、大切な存在を守るために何かを犠牲にして戦っているのだとよく話していた。でも、あの頃の俺にはじいさんの言うことがちっとも分からなかった。


 じいさんはこんなことも言っていた。多分、幼少期に一番聞いたのはこの言葉だと思う。


「親ってのはな、我が子のことをちゃーんと愛しているものなんだよ」


 親? それは、暗くなってからしか帰ってこないあの人たちのことか?

 それなら、よっぽどじいさんの方が“親“じゃねえか。いつだって、俺の世話をしてくれるのはじいさんじゃねえか。


 そう思って、そのまま伝えたこともあった。でもじいさんは優しく笑って、優しく言った。


「それは違うぞ。わしはたしかにお前を我が子のように思っとる。もしかしたらそれは親の気持ちに似たものなのかもしれん。でもな、お前にとっての“親“は、他の誰でもないお前の父さんと母さんじゃ。それだけは、何があっても変わらないんじゃ」


「じゃあ、どうしてじいさんは俺のそばにいてくれるの? 親じゃないのに、どうして俺に良くしてくれるの?」


 素朴な疑問だった。親でもなんでもないなら、別にそこまで熱心に世話する必要はないじゃないか。


「それはな、お前を守りたいからじゃよ。たしかにきっかけは俺が魔物に襲われていたところをお前の親に助けてもらったことだったかもしれん。でもな、わしはお前を一目見て“この子を、命をかけても守らねばならん“と思ったんじゃ。それはそれは可愛くて、見てるだけでわしも元気になれたわい。わしには子どもがいなかったから、余計にな。だからわしはお前のためにできることをしてやろうと世話を引き受けたってわけじゃ。別に、お前の親がわしに世話を押し付けた訳ではないことだけは分かってほしい」


 そう言うとじいさんは俺の頭を優しく撫でた。多分、俺はその時困ったような表情をしていたと思う。じいさんはそんな俺を見て、一言付け足した。


「いつか、お前にも守らねばならんものができる。その時になれば、きっと分かるはずじゃ」


 果たしてそんな日は本当に来るのだろうかと思った。でも、別にじいさんが適当言ってる訳ではないことくらいは理解していた。


 だから、俺は心のどこかでその“いつか“を楽しみにしていた。じいさんがそこまで言う“その時“が、いつか自分にも来るのなら。


 ――その時は、じいさんみたいに優しくなりたい。


 大切な存在を守るために、何かを犠牲にできる人に。

 じいさんが俺を守るために、自分の時間を、命を犠牲にしたように。


 じいさんは、スライムの群れに襲われていた俺を助けるために立ち向かった。その頃には体はもう随分と弱ってしまっていて、本当なら激しく体を動かすことはできないはずだった。


 それでも、じいさんは戦った。もうすぐ群れが壊滅するという時になって、父さんと母さんが帰ってきた。


 父さんが残りの魔物をやっつけて、母さんが俺の元へ駆け寄ってきた。母さんは泣いていた。大丈夫? 怪我はしてない? ごめんね、ごめんねと繰り返していた。


 俺はそれよりじいさんのことが気になって、母さんの腕を振り解いてじいさんの元へ駆け寄った。

 じいさんは仰向けになって倒れていた。


「……じいさん?」


 俺は恐る恐る声をかけた。


「……よかった。お前が無事で、よかった……」


 いつもの優しい声だった。でも、いつもよりずっと小さかった。


「この子の世話を任せっきりにしていたせいで、こんな目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございません」


 父さんは頭を下げて謝っていた。

 そうだ。そうだよ。父さんと母さんがいればこんなことにはならなかったじゃないか。じいさんが傷つかずに済んだじゃないか。


「気にするでない。貴方たちは己のすべきことをしていたまでだ。それは結局は誰かがしなければならないことで、それがたまたま貴方たちだったというだけのことじゃ。それに、わしはこの歳になってこんなにも幸せな時間を過ごせたことを有難く思っとる。それは一重に、わしを信用してくれた貴方たちと、わしを受け入れてくれたマーグロッド、お主のおかげだ。本当に、本当に、本当に……」


 じいさんの声は少しずつ小さく、弱くなっていった。そして最後に満面の笑みで呟いた。


「ありがとう」


 それが、じいさんとの最後だった。

 それからというもの、母さんはよく家にいるようになった。それでも稀に家を空ける時があれば、近所に住む有名な魔法使いの人に俺を預けた。


 その人は名をサー・トロモンといった。トロモンさんには俺と同い年のサー・モンモンという子どもがいた。

 俺とモンモンはトロモンさんが繰り出すありとあらゆる魔法を見て過ごした。とても楽しい時間だった。


 モンモンはその魔法を見るたびに、「私もいつかお母さんみたいなすごーい魔法使いになるんだ!」と言っていた。トロモンさんは「きっとなれるよ。そうしたらその魔法は誰かを助けるために使うんだよ」と言っていた。


 俺には魔法は使えないけど、モンモンが魔法を使えるならスライムなんて余裕で倒せると意気込んでいた。


 そんな平穏な生活がしばらく続いた。じいさんがいない毎日は寂しくはあったけど、それでも人生に退屈はしなかった。


 でも、そんな生活はある日突然、終わりを告げた。

 いつもとなんら変わらない、ある日のことだった。

 母さんが、病に倒れた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

少し遅めの主人公深掘り回です。

主人公・マグロがどんな人物なのか、皆さんに伝わると嬉しいです。

次回 後編になります。引き続きよろしくお願いします。

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