ダイ17話 勇者らしく
無情にも炎は止まることなく、今にもヨーコワッドを包もうとしていた。
――もう助からない。
きっとヨーコワッドもそう思っただろう。俺だって思った。俺の場合、すでに丸焼きにされているので尚更だ。
でも、実際は違った。
そう、またあの現象が起こったのだ。しかも、今度は俺たちに。
一瞬、視界が真っ白になって、次の瞬間にはそれまでとは全く別の光景が広がっていた。
俺は焼かれたままだし、ヨーコワッドは目を瞑って固まったままだが、俺たちが今いるのはあのボロ宿ではなく生活感のある部屋だった。
一体なにが起こったのか。しばらく考えて、ふと一つの可能性が頭に浮かんできた。まさかと思った。
俺とヨーコワッドは、あの時のフラムリンとモンモンと同じ現象に遭った可能性が高かった。
それなら、あのボロ宿から綺麗な部屋に瞬間移動したことの説明もつく。
「ねぇー、なんで丸焦げなの? 魔物に食べられちゃいそうになったのー? マグロの丸焼きなんて絶対美味しくないよねー」
うっすらとした意識の中、そんな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だった。
たとえばどこぞの治癒バカ魔法使いのような。
そう、そこにいたのは紛れもなくサー・モンモンだった。
「……てめぇ、生きてやがったか」
「なにそれ。私に死んでてほしかったってこと? ひどーい。生きててほしかったって言わないとその丸焦げ治してあげないよー?」
――こいつ、汚ねえ。
今、俺の丸焦げ状態を回復できるのはモンモンしかいない。こいつはそれを利用して俺に屈辱でしかない言葉を言わせようとしてやがるのだ。
だから仕方なかった。思ってもないことだが、こんな丸焦げ状態じゃ魔王の元へ辿り着くことは不可能だ。
「生きててよかったな」
「えへへっ、その言葉そっくりそのまま返しちゃう!」
「おい、バカ魔女。話が違うぞ」
「あはは、うそうそ。ちゃーんと治したげるって!」
モンモンは相変わらず面倒だった。しばらくいなくなってくれてた方が心置きなく死を求められる気もする。
「モンモンの魔法! “治れ“!」
クソダサ詠唱と共に俺の体は緑色に包まれる。
「なあ、近いうちにその詠唱変えてくれよ。俺が恥ずかしくて仕方ない」
「なにぃー! やっぱり治してあげないぞ!」
「残念だったな、もう治った。おかげさまでな」
「くぅー!」
これまた相変わらず腰に手を当てゆらゆら揺れている。俺の見ないうちに少しくらい成長しててほしかったぜ。
「楽しそうなところ申し訳ないが、ついでにヨーコワッドにもそのクソダサ魔法を浴びせてやってくれ。あいつ、恐怖で失神しちまってるみたいだ」
まあ、無理もないか。目の前で俺が焼かれ、そのまま自分も焼かれそうになったんだ。まあ、師匠の言いつけを破ってのこれだし、自業自得でもあるか。
「よーし、“治れ“! ヨコワッチ! ほら起きて!」
まるで花に水やりをしているかのようだった。
やがてヨーコワッドは正気を取り戻し、目の前にモンモンがいることに気づいては目を大きく見開いて声を張り上げた。
「モンモンさん?! 生きててよかったです!」
「ねぇ、無事でよかったです! でよくない? ヨコワッチまでなんか酷くない?!」
「んなこと言われても、こっちからすれば何が起きたか全く見当もつかなかったし、死んだかもって思うのも無理ないだろ」
「それもそうかー。ヨコワッチごめんねー」
――なんだよ、俺にも謝れよ。
まあいいや。それより、だ。
「それで、俺たちをここに飛ばしたのはお前か? ってか、ここはどこなんだよ」
「――ウチだよ」
そう答えたのはモンモンではなかった。とは言ってもヨーコワッドの声とも違う。なんというか、幼女って感じの声だった。
「ウチがグズでノロマなあんたらをここに連れてきたんだよ。ウチはめちゃくちゃ嫌だったけど、モンモンさんに頼まれて仕方なくやっただけ」
それは、本当に幼女だった。なんだこのガキは。
「なんか一言余計な気もするが、まあ、ありがとな。えっと、連れてきたっていうのはどういうことだ?」
「……はぁ、めんどくさ」
「おい、聞こえてるぞ」
「もうこれで最後ね。ウチが“空間移動“の力を使って今にも死にそうなダサいあんたらをここまで連れてきたの。はい、これで終わり」
――空間移動だと?
なにそれ。すごいかっこいい。使ってみたいなそれ。
「なあ、空間移動ってのは――」
俺がそう言いかけると、ガキはその場から消えた。気づけば背後に回り込んでいて、俺はそのままそいつに足を蹴られてその場に倒れ込んだ。
抵抗する暇もない、一瞬の出来事だった。
「てめぇなにすんだよ!」
俺は倒れながら叫ぶ。あまりに理不尽だ。横暴だ。
「その背中の剣は偽物なの? フラムリンとかいう下等種から女の子1人も守れず、挙げ句の果てにか弱そうな少年までも危ない目に合わせた。あなたのような半端者に、剣を持つ資格なんてない。分かったら明日にでもここを去って」
それだけ言い残し、少女は部屋から消えてしまった。
「おい、モンモン! なんだあのクソガキは! 東の勇者様に向かってグズのノロマだの、ダサいだの、半端者だの散々言って消えやがったぞ! 言い逃げだ! せこい! せこいぞ、クソガキ!」
言われるがままだなんて不公平だ。言われたら言い返すのが俺の流儀だ。
「あのクソガキ、いつかぜってぇ仕返ししてやるからな」
「まあまあ、子ども相手にムキにならないの。そういうトコだよー? 勇者なら勇者らしく、ドンと構えてたらいいじゃん!」
「なんだよ勇者らしくって。俺は別に勇者らしくなりたいから勇者やってるわけじゃねぇんだよ。誰かを助けるとか、世界を救うとか、そんなもんには興味ねぇ。その辺の勇者と一緒にすんな」
そう、俺はなりたくてなったわけじゃない。死にたくてなったのだ。魔王の手によって殺してもらう。それが俺が勇者になった理由だ。
「そ、そうだったんですね……」
これまでのやり取りを呆然と見ていたヨーコワッドがぼそりと呟いた。
――はぁ。
不覚にもこいつの存在を忘れていた。本音を隠すのも簡単じゃねぇな。
「で、でもマグロだってちゃんと勇者として戦う気はあるんだよ! こう言ってるけど、いざという時はきっと戦うよ! 最低限の正義くらいはあるよ!」
モンモンは必死にフォローしていた。だが、無駄だ。この場においてそんな嘘は必要ない。
「ねぇな、そんなクソだせえものは。俺はすべて、自分のために行動してるだけだ。正義なんてもんは必要ない。無意味だ」
「そんなことないでしょ? 実際、ヨコワッチも無事だったじゃん。マグロがちゃんと守ってくれてたんでしょ? じゃあそれが正義でしょ?」
「……そこに正義はねぇよ。俺はただ、報酬のために――」
「マグロ!!」
はっと顔をあげるとそこには、泣きそうな表情のモンモンがいた。
「そんなこと、嘘でも言わないでよ……」
消え入るような小さな声だった。部屋に気まずい重い空気が流れる。まるで地獄のような空間だった。
「ぼ、ぼく食事か何か頂けないか聞いてきますね……」
ヨーコワッドはすっと立ち上がり、扉に手をかけた。
「……ヨコワッチ!」
「大丈夫です。すぐ、戻りますから」
それだけ言い残し、ヨーコワッドは外に出ていった。
部屋に沈黙が訪れる。
とにかくこの場を後にしたくて、俺も扉へと向かう。
「ねぇ、マグロ……」
モンモンは部屋を出ようとする俺の手をぎゅっと掴み制止する。
「帰るのは明日だ。今日はまだどこにも行かねえよ」
俺はモンモンの手を振り払い、部屋を後にする。
外はどこよりも一段と暗く、そして寒く感じた。そんな夜だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
書いてるうちに気づけばシリアスな話になってしまいました。
本当はモンモンとの再会を喜ぶ明るい話になるはずだったのですが、これはこれで後々の展開に繋がりそうなので採用しました。
引き続きよろしくお願いします。




