ダイ16話 無意味な言葉
「――魔物に囲まれています」
ヨーコワッドはそう言った。
「そうか、それは大変だな」
俺はそう言った。
部屋にしばしの沈黙が訪れる。ヨーコワッドは困惑していた。そんな顔をするな、俺だって困惑している。
「それで、囲んでいる魔物はどれくらいいるんだ? 数によっては俺は引き続き寝る」
まだ眠い。というか、眠りについてからさほど経っていない。
「窓からこっそり見たところ、四方八方を囲んでいる感じだったので最低でも10体はいると思います」
――おいおいまじかよ、寝れないじゃん。
「よーし分かった。ここは俺が師匠として一発やってやる」
戦闘経験は皆無、知識も技術も何もかも皆無だが、根性だけはそこそこある、と自負している。
俺だってこれでも大陸を代表する四方勇者の一角だ。やる時はやるってところをまずは弟子に見せてやろう。
俺は近くの窓まで歩み寄り、そこから顔を覗かせた。
眼下にはたしかに魔物が蔓延っていた。
あれは……またフラムリンかよ。しかも群れかよ。
「おーい、お前らー。俺は東の勇者だ。分かるか? 四方勇者っていうんだけどよ。要するに、俺はめっちゃ強い。剣なんて使わなくてもお前らをけちょんけちょんにできるくらい強い! そして何より、俺はまだ眠い! だからお前らもはやくお家に帰ってくれ」
切実な願いだった。
一方でヨーコワッドは俺の言動に納得のいかないような表情で佇んでいた。
「えっと、師匠。お願いしても素直に帰ってくれないと思うのですが……」
「いいか、ヨーコワッド。何事もな、諦めない姿勢が大切なんだ」
「なるほど……」
納得してくれたようでよかった。俺としては魔物との戦闘は避けたので非常に助かる。
「おーい、お前ら。分かったら今すぐここから立ち去ってくれ」
未だ動かないフラムリンたちに催促する。
「お前、人間。人間、俺たちの仲間、消した。許さない」
――フラムリンの声、初めて聞いたな。
それは低く、聞き取りにくい声だった。なんというか、魔物らしい感じの。
それはそれとして、今眼下に群がっている奴らは、どうやらあの時目の前から突然消えたフラムリンの仲間らしかった。
「それに関しては俺もよく分かんねえ。というか、俺の手下のバカ魔女も同じように消えちまってんだ。俺たちはお前らと同じ被害者なんだよ」
「人間、すぐに嘘つく。人間、許さない。お前、コロス」
「おい、待て。お前ら如きに俺は殺せねえ。本当だ。強がってるとかじゃなくて、本当の本当」
「……ユルサナイ!」
――ダメだこいつらなんも聞いてねえ!
今俺たちがいるのは2階の部屋だ。地上にいる奴らがここまで来るのは時間の問題。
逃げるか? どこから? おそらく入り口からだと鉢合わせになってしまう。
じゃあ、窓から? いや、ダメだ。この建物はとっくに包囲されている。ヨーコワッドも連れて逃げ切れるとは思えない。
なら、どうする?
脳をフル回転させて考えを巡らせて、出た結論はこうだった。
――俺が、フラムリンの群れと戦う。
それしかなかった。もちろん嫌だが、この際仕方がない。戦おう。
「ヨーコワッド、お前はそこの棚の中にでも隠れてろ。ここは俺が勇者らしく、そして師匠らしくかっこよく戦う」
「でも、師匠!」
「おい! いいから黙って、俺にカッコつけさせろ!」
ぐだぐだしている余裕はない。焦りとほんの少しの苛立ちが語気を強めた。ヨーコワッドはしゅんと引き下がる。
「分かりました。健闘を祈ります、師匠!」
そう言うとヨーコワッドはベッドの近くの棚へと走っていった。
無事に棚の中に隠れるのを見守って、俺は机の上の剣を手に持ち、部屋を出た。
階段まで来ると、ちょうど3体ほどのフラムリンが上がってくるところだった。
「本当は話し合いで終われば嬉しかったんだが、お前らにその気がないなら仕方ねえな。来いよ、この剣で真っ二つにしてやるぜ!」
剣を構え、階段を上がってきた1体をバサッと斬りつける。
俺は知っている。こいつらは炎を吹くまでにほんの少しの間ができる。その隙に攻撃してしまえばただのゴブリンだ。難しい相手ではない。
階段を少し下り、中腹あたりにいるフラムリン目掛け剣を振る。しかしフラムリンはさっと横に交わし、炎を纏い始める。
――来る、その前に!
今にも|“燃ゆる息"《ファイア・ブレス》を繰り出しそうなフラムリンだったが、すんでのところで俺の斬撃により倒れた。
――今日の俺、まじで勇者じゃん!
ひとまずこの場はあと1体。階段の麓からこちらの出方を窺っている。
俺はふと妙案を思いついた。今日の俺ならいけるかもしれない。そんな風に思った。
「とりゃあぁッ!」
飛んだ。俺はその場から思い切り飛び降りた。
そして、真下のフラムリン目掛けて落下しながら剣を構えた。
「くらえ! “落ちる斬撃“!」
ちなみに、この技名は咄嗟に思いついたものだ。安直だが、そんなことはどうでもいい。でもモンモンなら確実にバカにしてくるだろう。後でもっとかっこよくするか。
ザシュッ。
フラムリンは真上から斬りつけられ、バタンと倒れた。
――この調子なら、あの群れもイケる。
そう思った瞬間。
ジーンという激しい痛みが右足首あたりを走った。
「いっでぇ!」
俺はその場にドタっと倒れた。
なんだこの激痛。かなり痛い。こりゃ確実に骨が逝っちまってるな。
立ちあがろうとしても激痛が俺の邪魔をする。それに、立ち上がったとての話だ。この様子だと歩くこともままならない。
しかし、フラムリンにとってこの状況は好機。当然俺の回復を待つわけもなくじりじりとまた数体近寄ってくる。
――もう、ダメだ。
どうしようもなかった。こんな状況、誰だって諦めるだろ。俺だけじゃない。どんなに勇敢な勇者でも、立ち上がることもできないならもはや赤子となんら変わりない。
目の前まで来たフラムリンは俺が完全に動けないことを察し、炎を纏い始めた。後ろにはまだ数体控えている。
仮に座ったまま目の前のこいつを倒せても、また後ろから次々にやってくる。
――ここまでか。
そう思うと、途端に全身からすっと力が抜けた。人間、諦めるとこんな感じになるんだな。
この一瞬がなんだか長く感じた。フラムリンが炎を纏い始めてからしばらく経っているように感じた。
そんな時だった。
「……師匠っ!!」
階段の上の方から誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。
俺は振り向きざまに声の方を見上げる。そこには、泣きそうな顔のヨーコワッドがいた。
「諦めちゃダメですよ! 諦めない姿勢が大事なんでしょう!!」
それは、俺があいつに言った言葉だった。出まかせで言った適当な言葉。なんの意味も込めてない、無意味な言葉。
――それなのに、あいつはなんであんなに本気で叫んでいる?
俺には理解ができなかった。
仮に今、諦めることを辞めたところで確実に間に合わない。どうせ奴の攻撃を喰らう。俺以外に犠牲はいらない。
「馬鹿野郎! はやく逃げろ!」
そう叫ぶや否や、フラムリンの“燃ゆる息“が俺の視界をぐわっと包んだ。
燃えるような痛みが全身を襲う。というか、実際に燃えているだろう。熱い。暑い。苦しい。
せめて、あいつだけでも……。
そう願うも虚しく、炎はヨーコワッドの方へと向かっていく。
――まただ。
また、世界がゆっくりになる。炎の勢いもヨーコワッドの表情の変化も、俺が伸ばす手も。
そして炎はゆっくりと、ヨーコワッドの目の前まで迫っていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
師匠としてカッコつけるどころか、落下の際に足をくじき絶体絶命のピンチに陥るという醜態を晒してしまった勇者マグロ。
果たして、二人は無事にモンモンと再会できるのか?!




