ダイ12話 俺の戦う意味
とまあ、そんなこんなで取り留めのないやり取りを繰り返しているとやがて目の前に大きな緑の塊が現れた。
とはいってもこの緑の塊はとっくに見えていたので今さら驚くことはない。
――俺たちはついに、モズク大森林へとやって来た。
「この中を適当に歩くだけで10,000コインか。俺にはこの森が金塊に見えてきたぜ」
鬱蒼と茂る草木の奥の常闇に意識を向けながら言う。あの奥に待つは希望か、はたまた絶望か。もしそこに絶望だけがあるのなら、俺は今すぐに引き返すだろう。
だが、そこに絶望があるのならその先に残るは希望ただ一つ。ここまで来て進む以外の選択肢はなかった。
「うわー、なんか不気味だね。別にビビってないけど」
とか言いながら明らかに声が震えている。見れば足まで震わせていた。
――こいつビビりすぎだろ。
「よしモンモン。お前はここで待ってろ。その代わり、金は俺とヨーコワッドで分ける。そして俺が師匠の権限で八割はもらう」
「ぼくは二割も頂けるだけで十分嬉しいです!」
「ねぇ、ちゃっかり私のこと省いてるよね? ヨコワッチ、やってるね? 煽ってるね?」
「よーし、ヨーコワッド。今夜はご馳走だな。今日くらいは俺が奢ってやる。なんてったって、師匠だからな」
「いやだからぁ! 私、いる、ここに! お金、ほしい、とても!」
――なんでカタコトなんだよ。
なんにせよ、実際に金を得られなければ無駄な話だ。ひとまずは酒場のおっさんに納得のいく話を伝えるべくもう少し先まで進もうと思う。
それにしてもこの森は薄暗い。こんな森の近くとか、あの村の立地悪すぎるだろ。
ましてやこの森の奥に集落があると言うのだから、まったく不思議な話である。仮に存在していても今は……なんて不謹慎な想像の一つや二つ仕方ないレベルだ。
「果たしてこの森に本当に集落はあるのでしょうか。人どころか魔物の姿も見当たりません」
ヨーコワッドは辺りをキョロキョロと見渡しながら弱々しく言う。
魔物。この世界の各地に蔓延る異形で、数多くの種族が存在する。かつて、魔王によって知性を与えられた魔物は今や人間の安寧を脅かす恐怖の象徴として語り継がれている。
そして、そんな魔物たちから世界を守るのが騎士団だ。北、西、南、東にはそれぞれ小騎士団があり、大陸の中心に位置する大王都には中央騎士団という騎士団本部が存在し、日々魔物たちと戦い続けている。
さらにその上に立つ者こそ、四方勇者である。四地方から一人ずつ勇者に相応しい人間が選ばれ、強大な魔物に立ち向かう。
とまあ、このくらいが俺の知識だ。ともあれ、四方勇者の一人である俺は最強の存在と言っても過言ではない。むしろ事実だ。
「なに、ヨーコワッド。不安になる必要はないぞ。いないに越したことはない。いやむしろいないでほしい」
「それってマグロが戦いたくないだけでしょー? ビビってるんでしょー?」
「口を慎め。それが師匠に対する態度か」
「私は別にマグロの弟子じゃないし! 弟子になりたいとも思ってないし! ってかこんな師匠、絶対嫌だし!」
「おいお前、言いすぎだろ。弟子じゃないってだけでよかっただろ」
これはもう意図的に傷つけてるレベル。俺はもうすぐメンタルブレイク。
「お二人とも、落ち着いてください! もしかすると、どこからともなく魔物が――」
ヨーコワッドの言葉はそこで止まった。別に、急に死んだとかではない。俺とモンモンのさらに奥、森の暗がりの中に視線を向けたまま硬直していた。
「――魔物が、出ました」
その声は恐怖でかなり震えていた。よく見ると体も震わせている。
「おお、魔物だ」
突然のことで俺の頭もまだ理解しきれていない。ひとまず、ヨーコワッドが嘘をついている訳ではないことだけは分かった。
「ちょ、ちょ、ちょっと! ほんとじゃん! 魔物じゃん! いや、もしかしたら人かも……いや、人じゃないよ!」
モンモンは一人で盛り上がっていた。これまた随分と楽しそうだ。
暗がりでよくは見えないが、おそらく群れではないと予想できる。他に気配は感じない。
しばらく冷静に様子を伺っていると、魔物らしき影はいかにもなうめき声を上げながらこちらへと近づいてくる。
やがて魔物が暗がりを抜けるとその姿が顕になる。その醜い造形には見覚えがあった。あれはゴブリン族の、名前はたしか……。
「あ、あれは、ゴブリン族のうち炎の力を操る種、名前は……フラムリンです! 比較的温厚なゴブリン族ですが中でもフラムリンは特殊で、攻撃的な性質を持っていて危険だと聞いたことがあります!」
「流石は俺の弟子だ。まあ、もちろん俺もちゃんとわかってたけどな」
さてと、これでこの森が危険だというのは間違いではないことが分かった。ついでにフラムリンを討伐したと報告すればおっさんから報酬をもらう条件は十分に満たしたといえる。最高だ。
「よーし、ヨーコワッド! あのフラムリン、お前のデビュー戦とするか!」
いくら気性が荒い種とはいえ、一体程度ならちょうどいいくらいだろう。剣を一振りで討伐できるはずだ。
「し、師匠! ぼく、剣を持っていませんッ!」
「……え?」
「ぼくはまだ剣を持っていません! なので、戦いようがありません! 申し訳ございません!」
「よし分かった。おい、モンモン! がんばれ! お前ならできる!」
「なんで?! 私言ったよね? 治癒魔法しか使えないって言ったよね? こういうのは勇者マグロの役目でしょ! その背中にある剣ではやくあいつ倒してよ!」
モンモンめ、こういう時だけ俺を勇者扱いしやがって。まったく都合のいい奴だ。
俺だって別に素手で戦いたくて戦ってた訳じゃない。あの時、城でデブ王にもらった時から背中の剣はおかしかった。なんと、ところどころ錆びていたのだ。勇者の剣ともあろうものがこんな様では使う気にもならない。
そもそも、本当に剣として機能するのかも怪しい。魔物に触れた瞬間、腐ったように朽ち果てる未来が想像できてしまう。
それに、この剣はなんだか嫌な予感がする。何か極めて大きな圧を感じる。
だが、こうなったら仕方がない。現に俺以外にあの魔物に立ち向かえる者はいない。逃げるのもアリだが、どうせなら魔物討伐の証が欲しい。そんなの、報酬アップに直結するに違いない。
――だから俺は、剣を握る。
背中に手を伸ばし、ボロい鞘からボロい剣を取り出す。
ボロ剣がなんだ。木の棒でもなんでも立ち向かってやるよ。
「……すべては、金のために!」
ゆっくりと魔物に歩み寄る。見ろ、この迷いのない足取りを。これが勇者だ。俺は勇者だ。
さて、早速だが初魔物討伐に取り掛かるとしよう。
俺は剣を魔物に向けてただ一言、きっぱりと告げる。
「いいか、魔物。お前は……金だ!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
金のためなら猪突猛進、全てを忘れて突き進む。それがうちの主人公・マグロくんです。
次回 東の勇者・マーグロッド、初の魔物討伐!!
次回もぜってえ読んでくれよな!!




