ダイ8話 神炎の伝承と消える少女の噂
魔王に不死身を打ち破ってもらおうと旅に出たのはいいものの、肝心の魔王の居場所が分からないという本末転倒な事態に陥ってしまっていた。
ようやくうるさいパッツンを黙らせることに成功したのにこんなところで足止めを喰らってしまうなんて……。どなたか魔王のお家ご存知の方っていたりしないですかねー?
「じゃあさ、じゃあさ、さっきの酒場で聞いてみるってどうかな! 何かしら知ってる人いるかもよ!」
「お前は俺を死なせたいの? 見てたよね? バケモンみたいなおっさんにひょいっと吹っ飛ばされてたの見てたよね?」
俺はあの出来事を一生忘れないと思う。本当に怖かった。はじめからいかつい人に吹っ飛ばされるのと、無口なおっさんにいきなり吹っ飛ばされるのとでは怖さの次元が違う。
「違うよ! 私はマグロを死なせたくないの! 私、本気なんだから!」
「前から気になってたんだけど、なんで? なんでそんなに俺を死なせないことに必死なの?」
単純な疑問だった。幼い頃からの付き合いなのだから、俺が何をしても死なないことは誰よりも知っているはずだ。それに、よく考えるとモンモンの治癒魔法は死をも無効にするのだから常軌を逸しているといえる。なんだか出来すぎていると改めて思う。
「私がマグロを死なせたくない理由……。私、えっと、なんで――」
「そこの君たち、こちらへ来て話を聞かせていただこうかね。街を悲しませた、その理由をね」
俺の何気ない質問にモンモンが表情を曇らせていると、遮るように何者かの声が聞こえてきた。まさかと思い、声のする方へ視線を送ると、なんとそこには例のバケモン――酒場のおっさんがいた。
その声や表情からは怒りのような感情は感じ取れず、むしろそのことが俺たちに十分な恐怖を与えた。俺たちに残された選択肢は彼の元へ向かうほかなかった。
「君たちは私の店を悲しませるだけでは飽き足らず、この街と私の心に大きな傷を与えた。さて、どう責任を取っていただこうかね」
――なんでそんなに街のこと大好きなんだよ、このおっさん。
「そうですね。まあそもそも? おっさんに吹き飛ばされてなければあの石像は壊れていなかったというか、あれは吹っ飛ばしたおっさんにも責任はあるんじゃね? っていうのが俺の見解っす」
俺はあえて馬鹿正直に言ってやった。謝るのは本当に自分が悪い時だけでいい、と昔とあるじいさんに教わった。あのスライムにヤられて亡くなったじいさんだ。
「ふむ、まさかそんなに堂々と反論されるとはね。並大抵の者には到底出来ないことだろう。その勇気は素直に讃えよう」
あれ、なんか褒められた。あいにく俺は褒められて調子に乗るタイプでね。
「まあ、俺は確かに並大抵の男ではないっすね。むしろ最強と言ってもいいでしょう」
なんてことない一言だった。しかしおっさんはこの発言を聞いておよそ初めてやや表情を変えた。
「君は、私の旧友と極めてよく似ているよ。つい、彼のことを思い出してしまうくらいにね」
それは、どことなく切なげな表情だった。昔を懐かしむというよりは、失ったものに思いを馳せているような表情だった。
「……すまない、話が逸れてしまったね。君が彼に似ているとはいえ、石像の破壊を見逃すことは出来ない。何とか責任を取っていただきたいところだ」
「つまり、あの石像を元の姿に戻せばいい、ということか?」
「うむ、そういうことになるな」
よし、そういうことなら簡単な話だ。なんせこっちには魔法使いがいるからな。こういう時のために連れてきたと言っても過言ではない。
「よし、じゃあモンモン――」
「出来ないよー? 私、身体の傷とかしか治せないから壊れた石像なんて絶対ムリだし」
「いいか、モンモン。何事もな、できるかできないかじゃねえんだよ。やるかやらないかなんだよ」
――決まったぜ。
いやー、我ながら良いこと言ったな。まあ、俺の親父の言葉丸パクリしただけで、俺が考えたってわけじゃないけどね。
「こういう時だけそんなこと言っちゃって。ほんとマグロって卑怯だよね、卑怯。すっごい卑怯、卑怯マグロ」
「おい、そんな不名誉なあだ名をつけるな、治癒バカ魔法使い」
「なっ……! だーれが治癒バカ魔法使いよ! わかったよ、そこまで言うならやってあげるよ! 私だって前とは違うんだから! ちゃんと成長してるんだから!」
――まあ、体は成長してなかったけどな。
モンモンはムキになりながら壊れた石像のある広場へ向かうと、いつものヘンテコ魔法を使った。すると石像は緑の光に包まれた。まさか、成功したのか?
「いけっ! 治れ! 治れ! 治れー!」
モンモンの必死な声が広場に響く。やがて光が消え、そこには――。
「……ちっとも変わってねえじゃねえか」
石像は依然として崩れたままだった。なんだよ、やっぱり治癒バカ魔法使いじゃんか。
「だから言ったじゃん! だから言ったのにー! うわー、恥ずかしい! 恥ずかしいよー!」
だめだありゃ。俺はドタバタ転がって羞恥心と戦う治癒バカ魔法使いを無視して話を続ける。
「さてと、余興はこの辺りにして、あの石像の修復なんすけど、俺に一つ案があるんすよ」
そう、つい先ほど広場を見て思いついたとっておきの案。
「ふむ、その案とやらを聴こうではないか」
「助かるぜ、おっさん。で、その案なんだが、あいつが俺の代わりに修復するってのはどうすか」
そう言って広場の方で仮眠を取っているパッツン野郎を指差した。あいつ以上の適役はいないだろう。
「よし分かった。では、石像の修復を彼らに任せるとして、君は何をするのかね」
「え?」
「何をそんなに困惑しておる。まさかお主、全責任を彼に被せて自分は逃げようなどと企んでいたのではないだろうな」
「と、とんでもない! 俺はなにしようかなーって考えてただけっすよ。そうだな、今日はここに寝泊まりして街の安全を見守るなんてどうすかね」
「そんな提案が通るわけなかろう。ふむ、そこまで石像の修復が嫌と言うのなら、私から一つ案を出そう」
何だろう、嫌な予感がする。ここは気のせいだと信じて大人しく聞いてみるとする。
「お主は、『神炎の伝承』と『消える少女』の話を知っているかね」
まったくの初耳だった。なんだその恐ろしい話は。
「知らないっすねえ。そして、知りたくないっすね」
「そうか。では、ここからすぐのところにあるモズク大森林は知っているかね」
「えっと、あの、別に知りたくないんですけど……」
「そのモズク大森林の奥地にとある集落があってな。かつては人の集まる賑やかな村だったが、とある話が広がるや否やすっかり人が寄り付かなくなってしまったようで、今となっては幻の集落などと言われとる。私も人から聞いた話で詳しくは知らないのだが、その集落では何やら『神炎の儀式』なるものが執り行われとるらしい。それに加えて、この頃になって一瞬にして消える謎の少女の目撃情報も出とる」
おっさんが話せば話すほど、俺の中で嫌な予感が確かなものになっていく。どうせこの後「そこでだ……」みたいな感じで話を切り出して俺をその森に行かせるつもりなのだろう。俺には全てお見通しだ。
「そこでだ」
――ほらきたやっぱりな。
「お主にその森の調査を頼みたいなだ。このままではいつこの街に危害が及ぶかも分からないしな」
「すんません、ちょっと面倒そうなんで今回は――」
「もちろん、報酬は出そう。そうだな、10,000コインでどうだね」
「行きます。行きたくなってきました。行かせてください」
最悪、「特に問題はありませんでした」とか「集落は壊滅していました」とかでっち上げて金だけ回収しよう。我ながら名案じゃないか。
「ふむ、そう言ってもらえて嬉しいよ。快諾してくれた例と言ってはなんだが、今日くらいは泊めてやってもいい。ちょうど空き部屋が一室あるのでな」
10,000コインのみならず今晩の部屋まで頂けるなんて、おっさん最高だぜ。……え、今"一室"って言った?
「あの魔法使いの子と仲良くな。では、健闘を祈る。この街を、あの森をこれ以上悲しませないために頼むよ」
それだけ言い残し、おっさんは店の奥へと姿を消した。おっさん、俺のことは悲しませても良いのかよ……。
一人残酷な現実に打ちひしがれていると、モンモンは「どうしたん?」みたいな顔でこちらを見てきた。俺に理性というものがなければ今頃吹っ飛ばしていたかもしれない。ぜひ俺の広い心に感謝し続けてほしい。
かくして、俺たちは一つ屋根の下、一晩を共にすることになってしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ということで、新章『神炎の伝承と消える少女編』開幕です!!
果たして、どんな冒険がマグロたちを待っているのか?!
乞うご期待です! 引き続きよろしくお願いします!




