♡「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
結婚初日。俺は夫婦寝室のベッドの前に立ち、冷酷な言葉を言い放った。
相手は今日、俺の妻になったばかりのカタリーナだ。
彼女はベッドの端に座り、その言葉の意味を理解しようと目を見開いていた。彼女の海のように青い瞳に、怒りと失望の色が浮かびあがる。
「信じられない……。ヴィル、今日は私たちの新婚初夜よ?」
予想どおり、彼女は俺の言葉にただ黙ってはいなかった。彼女の整った眉が怒りに歪み、薔薇色の唇がへの字に曲がる。
「私たちは愛しあっているはずだわ」
「どうしてそう自信があるんだ」
俺はランカスター公爵家の一人息子で、子供のころから五人の結婚相手候補がいた。
その一人だったカタリーナに、俺はずっと冷たい態度を取ってきた。それなのに彼女は、俺の愛を信じて疑わない。
「だって。あなたの結婚相手の候補は五人もいたのよ? あなたは私を選んだわ」
自信ありげにそう言って眉を顰めるカタリーナ。彼女はここヴァロル王国の中部に広大な領地をもつ、アンシェ侯爵家の令嬢だ。
社交の場での彼女は、いつも豪華なドレスに身を包み、優雅な微笑みをたたえていた。
柔らかなピンク色をした長い髪と、透きとおるように白い肌。大きな青い瞳はまるで宝石のように見るものの心を惹きつける。
その美しさにだれもが振り向くことや、王室とも縁戚のある高貴な血筋を思えば、彼女が愛されることに自信があるのは、当然なのかもしれない。
しかし、騙されてはいけないのだ。彼女が優雅にふるまっているのは公の場だけ。俺の知っている彼女は幼稚でじゃじゃ馬で、どうしようもないわがまま娘だ。
俺の言葉が信じられない裏切りだと言わんばかりに、じゃじゃ馬娘は俺を睨みつけた。
「カタリーナ。お前が俺にした嫌がらせの数々を忘れたのか? 結婚するというまでやめないといって、本当にいろいろしてくれたよな」
「まぁ。なんのことを言っているのかしら」
カタリーナはやわらかな体のラインがよくわかる極薄のネグリジェ姿だ。開いた胸元にはいつのまにか驚くほど豊満になった膨らみが谷間を寄せている。
彼女は俺より五歳も年下だ。ほんの少し前まで、彼女からは色気の「い」の字も感じられなかったというのに、いったいいつの間に、こんな成長を遂げたのだろうか。
まったく女性とは恐ろしい。しかし、こんなものにだまされてはいけないのだ。
「ヴィル。私たち結婚したのよ? 愛さないなんて、そんなの許されるはずがないでしょ? 早く私の隣にきてよ。私のステキな旦那様」
「カタリーナ……。俺はそのベッドに入る気はない。お前もわかっているはずだ」
「なによ! この、バカ!」
カタリーナは怒りに震えながら、ベッドのうえに山のように積まれていたぬいぐるみを次々に俺に投げつけてきた。
この寝室は、これから俺と彼女が住むことになるこの美しい城のなかでも、特に洗練された完璧な空間だ。
国一番の職人に作らせた高級な調度品の数々は、公爵家の誇りと高貴さを感じさせる。
この俺様が俺の妻となる女性のために、こだわりにこだわり抜いて準備した完璧な部屋。そこにカタリーナは、古びたぬいぐるみを大量に持ち込んでいるのだ。
――まったく、この女は。だれが才女だなんて言ったんだ。体ばっかり成長して、頭は子供のころのままじゃないか。
――どうしてこんなのに、みんなだまされるんだ?
俺はランカスター公爵家の跡取りとして、常に完璧であることを求められてきた。大切なのは「愛」ではなく、「義務と責任」そう教えられて育ってきたのだ。
そんな俺が、幼稚なぬいぐるみを持ち歩くような女を愛してしまうはずがない。
俺は飛んできたウサギのぬいぐるみを払い落とし、カタリーナにくるりと背中を向けた。
その直後、今度はクマのぬいぐるみが後頭部に直撃する。
俺は怒りに震えながら振り返った。
「いい加減にしろカタリーナ! お前は本当に、しとやかさのかけらもないな。みなその見た目に騙されているが、俺はお前の本性を知っているぞ」
「そんなの関係ないでしょ? 本性なら私だってしってるわよ? この高慢ちき!」
「うっ、うるさい。よくも俺の準備したオシャレな高級ベッドをぬいぐるみだらけにしてくれたな!? そんなメルヘンな場所で、この俺が眠れるとでも思ってるのか!?」
「私の可愛いぬいぐるみたちをバカにしたら、たとえ旦那様でも許さないんだからね!?」
「そういうとこが嫌だっていってるんだ……」
「嫌でもなんでも旦那様は旦那様でしょ! つべこべ言わずに私を愛しなさい! この! バカヴィル!」
この女は本当にバカだ。こんなのが次期公爵である高貴な俺の妻になるなんて。
カタリーナはやることも趣味も恐ろしく幼稚で、いつも俺の完璧を台無しにする。
それなのにいったいどうして、俺は何人もいた候補のなかから、彼女を選んでしまったのだろう。
俺の愛を信じる彼女の強さ。
全てを受け入れるかのような俺への愛。
俺はそれに、どうしようもなく心を動かされ、気が付くと今日を迎えていたのだ……。
「ヴィル! 愛さないなんて許さないんだからね? 覚悟を決めて、はやくこっちに来てったら! この、臆病者!」
「おっ、俺は……、断じて臆病者なんかでは……」
「じゃぁなんなの? あなたが私のこと、好きすぎて困ってるのは、とっくにわかってるんだからね?」
拗ねたように口をとがらせるカタリーナ。彼女の美しい瞳を彩る長いまつ毛に、小さな水滴が光っている。
このどうしようもない彼女の涙に、俺は不思議なほどに弱かった。
――これが、愛……? どうしてこんなに抗えないんだ。
――だけど……。
俺はしぶしぶ彼女の隣に座り、滑り落ちていたネグリジェの肩ひもを肩に戻した。
「カタリーナ……。お前、『愛する』の意味、わからずに言ってるだろ?」
「わかってるに決まってるでしょ? 私たちの赤ちゃんを作るのよ!」
「どうやって作るか知ってるか?」
「もちろん知ってるわ! 大好きな旦那様と、手をつないで一緒に眠るのよ」
カタリーナは嬉しそうに俺の手を握ると、ふふっと無邪気な笑顔を浮かべた。
――くそぅ。なんだこの完璧な可愛さ……。今回も負けだ……。
俺はこの困った妻の手を握り、ぬいぐるみの山に埋もれながら、眠れない夜をすごすのだった。




