♡ 約束はできない
魔法使いが稀に生まれることがあるとされるとある町。そこに、一人の若い商人がいました。
彼の名はフィル。フィルは人の心を癒やし、笑顔にする魔法が使えるという噂がありました。
その証拠に、今日も彼の魔道具店はお客さんでいっぱい。品物を買った人々は、みんな笑顔で帰っていきます。
ある日町娘のローズが、フィルの店に買い物に来ました。そしてすぐに、みなが笑顔になる理由を理解しました。
フィルはとても笑顔が素敵で優しくて、話もすごく面白かったのです。
ーーなんて素敵な人。本当に魔法にかかったみたいだわ!
ローズはフィルに一目惚れし、毎日のようにお店に出向いて、彼にデートを願い出ました。
ところが何度申し込んでも、フィルは首を縦にふりません。
「どうしてデートの約束をしてくれないの?」
ローズがついに尋ねると、フィルは困った表情を浮かべました。
「約束はできないな。俺に会いたいなら、いつでもこの店に来てくれ。俺はここで、毎日仕事をしているからな」
「まぁ! 仕事中じゃデートにならないじゃない」
ローズが不満げに口を尖らせると、フィルは頭を掻いていいました。
「確かにデートにはならないな。だけど、仕事にだってならないぜ。ほら、いまみたいにな?」
ローズはその言葉にハッとして周りを見ました。すると、たくさんいたはずのお客さんたちが、いつの間にかお店の外に出ていたことに気付いたのです。
「あら? どうしてみなさん、お店の外に……?」
「……ローズが来ると、俺は商売が上の空になるらしい。あいつら、俺が金の計算を間違えたり、商品を取り違えたりするって言うんだ……」
顔を赤くしたフィルを見て、ローズも思わず顔が熱くなりました。
「それは大変! だったらこれからは、私もお店を手伝うわね!」
△
あれから一年、フィルとローズはたくさんの人に祝福されて結婚しました。
ふたりは仲良く魔道具店を切り盛りし、店は相変わらずの大繁盛です。
結局フィルは魔法使いではありませんでした。
だけどあの日、このお店のお客さんたちは、みんな二人の幸せを応援するために、お店の外に出ていてくれたのです。
「俺がローズに一目惚れしたことは、みんなに気づかれていたみたいなんだ」
「まぁ、一目惚れ? ならどうしてあのとき、デートの約束をしてくれなかったの?」
「約束なんかしたら、その日まで毎日仕事が手につかなくなるだろ? それはさすがに困るからさ」
「フィルッたら……!」
フィルとローズの毎日は、魔法のように幸せです。そんな二人の笑顔に触れ、お客さんたちもまた、笑顔になって魔道具店を出るのでした。