◎ 酒が飲めないくらいなら
かつて、遥かなる王国に、『人々の運命を左右する力を持つ』とされる魔法使いがいました。
彼女の名はミリア。
彼女が魔法を使うと、人々の人生は色鮮やかに輝き始めるというのです。
ある日、若き王子がミリアのもとを訪れました。
「魔法使いミリアよ、我が国の民は、父王が健康にできるかぎり長生きすることを願っております。しかし父王は、酒をやめようとしないのです。このままでは体を壊してしまいます。どうか父王に魔法をかけてください」
ミリアは微笑みながら答えました。
「王子よ。あなたは王の人生がこれからも輝くことを願っているのですね」
「もちろんです」
ミリアは王子の要請に応え、王に魔法をかけました。しかし、王はその後も酒を飲み続け、病で亡くなってしまいました。
「魔法使いミリアよ。お前が魔法をかけて以来、誰ひとりとして父の酒を止めることができなくなった。父は早々に私に王座を譲り、こんなにも早く死んでしまった。これはいったいどういうことか」
「私は先王の人生に彩りを与えました。彼ののぞみは、好きな酒を飲みながら、あなたが立派に王の勤めを果たすところを見たいということでした。酒を取りあげられるくらいなら、死んだ方がマシだとも言っていました。私はみなが王の意思を尊重できるよう、魔法をかけたにすぎません」
「酒を飲まなければ、父はもっと長生きして、もっと長く王座にいることもできたのに……」
「それはあなたや民の願いだったのかもしれません。しかし、先王ののぞみはそうではなかった。これからをどう生きるか、彼自身が決めたのです。先王の人生は短くも豊かで、輝かしいものになったはずです」
王は思い出しました。楽しげに酒をあおる先王の姿を。
自分の即位式で酔っ払い、大暴れした先王。酒であっけなく死んでしまった偉大な父の後ろ姿を。
涙を流す王に向かって、ミリアは魔法の杖を振りながら言いました。
「これは、ご本人の選択です」
「……捕らえよ」
「あ、あなたは、長寿だけが人間の幸せだと思っているのですか? 生きる楽しみを取りあげられ、我慢と不満の日々を長く生きることが本当に……」
「私は父王に、もっと長生きしてもらいたかったのだ。そのためにお前を呼んだというのに!」
「王よ! 人生は長さではありません! だれにも邪魔されることなく、自分の選んだ道を進む、その輝きこそに価値が……」
「うるさい! 兵ども! その魔女を捕らえて処刑せよ!」
魔法使いミリアは必死に訴えましたが、怒った王により処刑されてしまったということです。