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万年カノジョなしの俺、婚活の相棒は指輪の精霊でした。  作者: 鈴谷凌
4章「お嬢様の受難」
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第20話「どこぞの冴えない営業マンよりよっぽど上出来だ」

 彩萌が戻ってきたのはそれから十五分くらい経ってからだった。

 この時間帯では受付をしてもらえるのかとか、そもそも探し物がそこにあるのかなど、懸念けねん点はそこそこあったのだが。


「お待たせ致しましたわ、九原様」


 帰ってきた彼女の顔に暗いものは見受けられず、その手にはどこぞの店の紙袋がしっかと握られていた。


 果たしてうまくいったのか。訊ねてみると、彩萌はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ。届けてくれたのはまさしくあの子供たちだったみたいでして……届けられてからそれほど時間も経っていなかったため、意外と簡単に手続きも済みましたの」


 紙袋から取り出して見せたのは、いつか画像で見た猫のポーチと寸分違わぬ代物だった。

 それを愛おしそうに両手で抱きしめる彩萌はもちろん嬉しそうだったが、同じくらい驚いているようにも見えた。


「だから言ったでしょう。形あるものは簡単に消えたりしないと」


「そうでしょうけど、あまりにもあっさり……まるで何事もなかったかのように見つかったもので、つい」


 取り戻した存在を確かめるために彩萌は何度も何度も手で触れたりつねったりこすったりした。

 それから玻璃はりのように透き通る瞳を大きく丸めると、一転して申し訳なさそうにして俺の顔を見上げた。


「わたくし、こんな簡単な道理にも気付かず、みっともなく慌てふためいて……九原様にはとんだご迷惑をかけてしまいましたわ」


 またしても自らの無能を嘆いているのだろう、彩萌の声色が沈んでいく。

 せっかく目当てのものを見つけられたというのに。今までのほんわかとした印象からは分かりにくかったが、こちらの物憂げな性格が彼女の本質なのかもしれない。


 そんな弱みにいま自分が触れていると分かった瞬間、彼女に対して妙な親近感を感じるのだから、自分の性格の捻じれ具合に失笑してしまうが。


「構いませんよ。個人的に思うところもあったので」


「個人的に、ですか?」


「まあ、それは今はいいとして。そうだ、中にあるという懐中時計は?」


 あからさまに誤魔化す言葉だったが、彩萌は気にした風もなくいそいそとポーチの中を検めはじめた。

 そしてその中、新品の綺麗な裏地に埋もれるようにそれはあった。


 映える金色の蓋に、落ち着いた臙脂色えんじいろのベゼル、ギリシア数字の文字盤の上では飾りのついた細い針が心地よい音を叩きながら進んでいた。


 子供に贈るにはあまりに古めかしく貴重な一品。流石は企業のトップの選択だと、俺は内心で苦笑と憧憬どうけいを覚えた。


「……いい品ですわよね。わたくしには不相応なくらいに」


「さあ? それは違うと思いますけどね」


 相変わらず物憂ものうい気分の彩萌に確かな言葉を告げる。


「確かに一条社長が願い込めた大切なものには違いないですけど。それに捉われて不幸になることは、彼も望んでいないはずです」


「そうだとしても、ダメダメなままでいるのは嫌です」


「いいえ、一条さんはダメじゃないです。きちんと足りないことを自覚し、自ら決めて補おうと努力している。どこぞの冴えない営業マンよりよっぽど上出来だ」


 自分でも驚くほど素直に言葉が出てきた。自らの願いを叶えようとする彩萌に、何かを期待をしていたのかもしれない。


「そもそも彼の願いは、あなたを急かすためでもなければ、遅れているあなたに鞭打って改善を強要するためでもなかった。違いますか?」


「……()()()()()()()()()()()()()()……」


「はい。そう考えれば一条さんはよくやっていると思いますよ。きちんと大切なものも取り戻せましたしね」


 文字盤を移動する二つの針はたとえ速さが違っても、進んでいるという事実においてはどちらも等しいものだ。


 勝手ながら俺なりの講釈を述べさせてもらう。だが、こうして見つけた懐中時計を見ていると、それが真実のように思えるから不思議だ。


 そして沈んでいた彩萌の表情にも、徐々に光が戻っていった。


「それでも気持ちが割り切れないってなら、改めて誓いを立ててみてもいいかもしれませんね」


「なるほど、ふふ……それはいい考えかもしれませんわね」


 彩萌は頷き、手にしていた懐中時計をそっと胸に抱いた。

 それから俺の勧めに従って、一つ一つ丁寧に並べるように言葉を紡ぎ始める。


「わたくしは、もう焦ったり、必要以上に自分を卑下したりしません。そうしてお姉さま方やお父さまのような、一条家に相応しい立派な女性になりたい……いえ、なりますわ」


 柔らかな声質だが込められる意志には金剛のような確かさがあった。

 光沢を帯びる彼女の宝物も、それを祝福するかのように燦然さんぜんと輝き――。


「……いやおい、ちょっと待て。これはいくらなんでも輝きすぎだろ」


「九原様?」


「時計ですよ、一条さん! どうしたんですかその光? 仕掛けか何かですか?」


「え、ええとー。そんな話はわたくしも聞いたことは……」


 時計が入れられた金色の蓋は、照らされたとかいう範疇はんちゅうどころではない輝きを発していた。

 そして次第にその強さを増していく金色の光に、なぜだか俺は既視感を覚えた。


(ま、まずいです! 晃仁様!)


(ミコ……? まずいってどういうことだ!?)


(うー……その、説明は後ですっ! 今はそれを人目のつかないところに……!)


 それまで黙っていたかと思えば、いきなり要領に欠けることを言ってくるミコ。

 聞くに値しないことだと普通なら思うだろうが、俺は根掘り葉掘り聞きたい感情をどうにか堪えて、その切実な叫びに応えることにした。


 時計の輝きを見ていると、俺自身もどこか胸騒ぎを感じたのだ。


(あぁー、クソ! 仕方ねえなあっ!)


「わっ……く、九原様!? また、いきなり手を……」


「すみません、ちょっとこちらへ! 荷物を落とさないように気をつけてください!」


 頬を赤らめて狼狽える彩萌の手を引っ張って薄暗い路地裏を目指す。


(これじゃカンペキ不審者じゃねえかよぉ!)


 得体の知れない大きな何かが俺たちを取り巻いているような気がして。

 心の中で悪態をつきながら、俺は逃げるように進む歩を速めた。


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