恋とか愛とか
ディルクが私に失恋し、結婚できずにいる。一体どういうことだろうと、私は自分の耳を疑った。
「ええと、それはどういう……?」
「そのまんまだよ。初恋を拗らせてるんだよな」
「はつこい」
初耳すぎる上に、ディルクはいつも『俺はお前の兄貴みたいなものだから』と言っていたのだ。
そもそもテオは、私と同じく恋愛について学べとラーラやオーウェンに怒られていた側だった。テオがとんでもない勘違いをしているだけの可能性が高い。
「ふふ、ディルクさんだけじゃなく、テオさんもオーウェンさんも、みなさん本当にニナ様のことが大好きですよね! 私もニナ様にお会いしてみたいなあ」
両頬に手を添え、うっとりとした表情を浮かべたエリカさんは、どうして私だけ様付けしているのだろう。申し訳ないけれど、大した者ではない。
けれど、それくらいみんなが私の話をしてくれているのかもしれないと思うと、やはり嬉しくなった。
とにかくテオが勘違いをしたまま妙な気を回してくれては困るため、しっかり断っておかなければ。
「お気持ちはありがたいんですが、公爵令息様と私のようなド平民では釣り合わないですし、ご紹介は──」
「身分なんて、どっかの貴族の養子になればいいだけだから安心しろ。負けるなよ! 大切なのは気持ちだぞ」
本当に落ち着いて欲しい。どちらにもその気持ちはなく、負けるどころか戦いは始まってすらいないのだ。
「でも、本当にディルクさんは素敵な方ですよ! 格好良くて優しくて、すごくモテるんです。こんな私にも良くしてくださって、幸せになって欲しいなあって……」
そんな私を他所に、なぜかエリカさんも熱くなり始めているようで、ぐっと両手を握りしめている。
本当に幸せになって欲しいのなら、ほぼ初対面の女性に勧めるのはやめた方がいい。
「ええと、でもそんなに素敵な方なんでしたら、エリカさん自身はどうなんですか?」
流れを変えるためにそう振ってみたところ、彼女は陶器のような白い肌を、ぽっと赤く染めた。
「わ、私は……その、別に好きな方がいるので」
「わあ、そうなんですね」
照れたように、嬉しそうにはにかむ姿は同性の私でもときめいてしまうくらいに可愛い。まさに正統派ヒロインだと、私は心の中で何度も深く頷く。
愛する人のために、愛する人と共に戦う。これこそが『まほアド』の醍醐味だろう。
お相手はテオではなさそうだし、ディルクでもない。そうなると、オーウェンやアルヴィン様だろうか。
とにかくエリカさんには頑張って欲しいと思うし、そのためにも魔法を使いこなせるようになってほしい。
「お前、本当にあいつのこと好きだもんな」
「はいっ! いつか振り向いてもらえるといいなあ」
こんなにも可愛い子に想われる男性は、きっと幸せだろう。やはり私もいつか、恋はしてみたい。
「ディルク以外にも色々探しておくからさ、お前の好みのタイプとかあれば教えてくれ」
とは言え、今は男性の紹介から少し離れてほしい。そしてディルクからも離れてほしい。
けれどタダより怖いものはないと言うし、何か対価を支払わないと向こうとしても落ち着かないのだろう。
他の良いお礼も思いつかなかった私は少し悩んだ末に、「それでは」とテオを見つめた。
「平民で、庭造りとか魔物の解体が上手な男性がいいです。遠距離攻撃が得意で、できるなら地味な感じの」
「お前、変わった好みしてるんだな。よし、そんな感じの男を探してリストを作ってくるから待ってろよ」
「ありがとうございます」
好みのタイプと言うより、手を貸して欲しいタイプの男性になってしまったけれど、まあ良いだろう。
いただいた謎のリストは、いつか仕事を頼む際に使わせていただくことにする。
「俺達はまだこの辺りを回らなきゃいけないし、一週間後にまた来てもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! ニナ先生、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ、頑張りましょうね」
──後にテオの作った「ニナに紹介するニナの好みの男リスト」が流出し、事件が起きるとは知る由もなく、私は呑気に何から教えようかと考えていたのだった。