私の居場所 2
そして翌日の晩、テオとラーラが幹事をしてくれ、盛大なお疲れ様パーティーを開いた。
「ほら、ニナも飲みなさいよ」
「あまりニナに絡むな」
「出た出た、激重執着面倒男」
「…………」
七人で豪華な食事やお酒が並ぶテーブルを囲む中、私のグラスにお酒を注ごうとするラーラを、アルヴィン様が真顔で押し退けている。
既にラーラは酔っているようで、先程からご機嫌だ。
「いいじゃん、めでたい日なんだしよ」
「そうよそうよ! ようやくスッキリしたわよね。やっぱり落ち着かなかったもの。誰かさんが最後までポンコツだったせいで」
「う、うう……すみません……」
「あまりいじめてやるな。だが、裏では褒めていたぞ」
「えっ? ラーラさんがですか?」
「ちょっと、余計なこと言うんじゃないわよ!」
騒いでいる三人の隣では静かにワインを飲んでいたオーウェンが、綺麗に口角を上げている。
「でも、エリカも本当に頑張ったね。最初の頃は正直、絶対に無理だと思っていたよ」
「うう……オーウェンさんまで……でも、皆さんのお蔭です! 私の出番には、邪竜もかなり弱っていましたし」
やはり先日の戦いに比べれば、邪竜の討伐は可愛いものだったらしい。誰も大きな怪我なく帰ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。
そんなエリカは昨晩、無事に想い人に告白をしようとしたところ、先に告白され無事に恋人になったそうだ。
幸せそうなエリカはすごく可愛くて、こちらまで幸せな気持ちになる。
「でも良かったな! お前、ずっと好きだったじゃん」
「ふふ、ありがとうございます」
確かに私と出会った頃にはもう、彼のことが好きだと話していた記憶がある。
エリカのお兄さんポジションであるテオも嬉しそうにしていたけれど、不意に「そういや俺も、もう19だもんなあ」と呟いた。
「俺もそろそろ結婚するか」
「えっ? 誰か相手がいるの?」
「いや、いないけど」
「テオはまず、誰かを好きになるところから始めた方が良さそうだね」
よしよしとテオの頭を撫でながら、オーウェンはそう言って笑う。
「でもお前らなんて俺よりずっと年上なんだし、もっと焦った方がいいだろ」
「手厳しいな」
「本当、痛い所を突くね」
テオの言葉にディルクとオーウェンは顔を見合わせ、苦笑いをする。
ちなみにエリカとステータスを確認したところ、エリカの画面には「聖女」と表示されていたそうだ。
「ねえニナ、少し外に出ない?」
「はい。外の空気を吸いたいと思っていたので」
アルヴィン様に誘われ、すぐに頷いて差し出された手を取る。みんなもそれぞれ楽しんでいるようで、私達はそのままバルコニーへと出た。
◇◇◇
「わあ、涼しい」
外に出ると、少し冷たい風が頬を撫でていく。
二人で手すりに体重を預けて並ぶと、私はアルヴィン様を見上げた。
「体調はどうですか?」
「問題ないよ。その分、禁術魔法で得られた力もなくなっていたけど」
「アルヴィン様はそんなものがなくても、誰よりもすごい魔法使いですから」
体調は回復しているものの、これまで禁術魔法がどれほどアルヴィン様の身体を蝕んでいたかは分からない。
今後も経過を見つつ、無理をしないようしっかり見守っていきたいと思っている。
空を見上げるアルヴィン様の視線の先を辿れば、綺麗な満月が浮かんでいた。
「……あの日の夜も、こんな月だったんだ。ニナがいなくなった日」
美しい横顔を見つめながら、次の言葉を待つ。
「ずっとニナを待ってたんだ。どんな風に好きだと伝えよう、好きだと伝えたらどんな反応をするだろうって考えながら、空を見上げてた」
そんな言葉に、胸が締め付けられる。
アルヴィン様がこうしてあの日のことを話してくれるのは、これが初めてだった。
「ニナがいなくなったことに気付いた後、母を亡くした日以来、初めて泣いたよ」
「アルヴィン様……」
「同じ聖女が再びやってきた例はないし、二度とニナに会えないかもしれないと思うと、生きている理由すら分からなくなった」
私は元の世界に戻った後、あの男に殺された時の記憶を忘れたくて、しばらくこの世界のことを思い出さないようにしていた。
けれどアルヴィン様はその間も、それからもずっと、私を想ってくれていたのだ。
「……もう、あんな想いは二度としたくない」
アルヴィン様は私に向き直ると、私の頬に触れた。
「愛してるよ、ニナ。一生、側にいてほしい」
「……っ」
胸がいっぱいになり、こくこくと頷くことしかできずにいる私に、アルヴィン様はひどく優しい眼差しを向けると、やがて何かを差し出した。
「俺と結婚してくれる?」
「────」
目の前で輝く美しい指輪に、思わず目を奪われる。
告げられた言葉とその指輪の意味を理解するのに、少しの時間を要した。
「……私で、いいんですか?」
ようやく口から溢れたのは今にも消え入りそうな声で、アルヴィン様は困ったように微笑んだ。
「俺はニナじゃないとダメなんだ。俺はニナがいないともう、生きていけそうにない」
そう告げられるのと同時に、抱き寄せられる。大好きなアルヴィン様の香りや体温を感じ、また視界が滲む。
それでも今は伝えるべきことがあると、私は彼の背中に手を回し、口を開いた。
「わ、私も、アルヴィン様を愛しています。これから先もずっと、アルヴィン様の側にいたいです」
「ありがとう。……だめだ、泣きそうだ」
私の涙を指先で拭うと、泣きそうな顔をしたアルヴィン様は幸せそうに微笑む。
そんな彼をきつく抱き締め返した私も、これ以上ないくらいの幸せが全身に広がっていくのを感じていた。
この幸せが得られたのは、奇跡や偶然なんかによるものではない。
アルヴィン様がずっと私のことを想い続け、命を賭してまで諦めないでいてくれたからだ。
「私、もう一度この世界に来られて良かったです」
「……ありがとう。ニナがそう言ってくれるだけで、全て報われたような気持ちになる」
──部屋の中で膝を抱え、ひとりぼっちだった私はもういない。
大切な人達と愛する人がいるこの世界こそが、私の居場所なのだから。




