違和感と真実 5
私の言葉に対して、アルヴィン様は否定も肯定もしてはくれない。
ただ、どこか諦めたような表情で私を見つめるだけ。
「体調が悪いのも、禁術魔法の影響ですか」
魔法塔の一件の後、少しだけ禁術魔法について調べ、強い力の代償として身体に負担がかかり命が削られることがある──ということを知った。
返事の代わりに静かに瞬きをするアルヴィン様に、胸の痛みを感じながらも続ける。
「……私をこの世界に呼んでくれたのは、アルヴィン様だったんですね」
思えば、本当におかしいことばかりだった。
エリカという聖女がいる中で、あんなタイミングで私が転移したことも、アルヴィン様の能力が撥ね上がっていたことも。
けれど全て、禁術魔法のせいだとすれば辻褄が合ってしまう。
「アルヴィン様は、本当にどうしようもない人だと思います。いずれこの国を背負って立つ方だというのに、こんな重い罪を犯して、命まで危険に晒して」
「……俺のことが、嫌いになった?」
全ての問いに対して肯定を意味する質問に、静かに首を左右に振った。
アルヴィン様が犯した罪は、到底許されることではない。それでも、私が彼を責めたり咎めたりなんてこと、できるはずがなかった。
何もかも私のために、してくれたのだから。
「──ニナ?」
「……っ」
目からはぽたぽたと涙がこぼれ落ちていき、アルヴィン様の口からは戸惑いの声が漏れる。
心の中はもうぐちゃぐちゃで、言いたいことはたくさんあるのに、言葉が何ひとつ出てこない。
「お願いだから、泣かないで」
「な、泣いてません」
「ニナは昔から嘘が下手だね。そんなところも好きなんだけど」
アルヴィン様はゆっくりと身体を起こすと、私を抱き寄せた。
暖かくて、アルヴィン様が生きているのだと実感し、また視界が滲む。
「アルヴィン様は、バカです。お、大バカです」
「そうだね。オーウェンにも同じことを言われたよ」
「私のために、こんな、こと……」
「俺にとってはニナが全てだから。ニナにもう一度会うためなら、どんなことでもできた。禁術魔法を使えば可能性があると知った時だって、悩みすらしなかった」
きっと私には想像がつかないくらい苦しくて痛くて辛い思いをしているはずなのに、アルヴィン様はなんてこともないように笑ってみせる。
私がこの世界にもう一度来たとしても、アルヴィン様を好きになる保証だってなかったというのに。
「俺は、この世界でニナに幸せになってほしい」
あらためて自分がどれほど愛されているのかを思い知り、胸が締め付けられる。
アルヴィン様はいつだって、私のことばかりだった。
「……もしもアルヴィン様が罪に問われたら、私も一緒に罪を償います」
「ありがとう。でも俺は絶対に無関係だって言うよ」
「私が唆したと主張して、一緒の牢に入ります」
「……嬉しいと思ってしまう俺は、本当にどうしようもない男かもしれないな」
困ったように微笑むアルヴィン様の手を、祈るように握りしめる。
「絶対に、死なせませんから」
「俺だって、ニナを置いて早々に死ぬ気はないよ」
「おじいさんになって、私の後に死ぬくらいの気持ちでいてください」
「プロポーズみたいだね」
冗談まじりに笑うアルヴィン様に対して深く頷いてみせると、アメジストの目が見開かれる。
「私は、そのつもりです」
「────」
本気だという気持ちを込めて、真剣な表情のアルヴィン様を見つめる。
アルヴィン様はやがて私の肩に顔を埋めると、縋り付くように私の身体に腕を回した。
「……今、もう死んでもいいと思った」
「私の話を聞いてました?」
「うん。俺の人生で、間違いなく今が一番幸せだ」
その声は少しだけ震えていて、私もアルヴィン様をきつく抱きしめ返す。
「同じことを十年先も五十年先も言ってください」
「…………」
「それが私の幸せです」
「……ニナは本当にずるいね。それなら、叶えるしかないじゃないか」
アルヴィン様は顔を上げると、私の額に自身の額をこつんと当てた。少しだけ伸びたアルヴィン様の前髪が、少しだけくすぐったい。
「一生、俺と一緒にいたいと思ってくれてるの?」
「はい。心から」
「……ありがとう、ニナ。生まれてきて良かったって、初めて思った」
そんなことを嬉しそうに話すアルヴィン様を、幸せにしたい。同時に絶対に死なせない、彼の身体を蝕む禁術魔法を絶対に消してみせると、固く誓った。
「俺は、自分の行動を一度も悔やんだことはないよ。この先も絶対にない」
本当にアルヴィン様は、どうしようもない人だと思う。私のために何もかもを捨てるような決断だって、簡単にしてしまうのだから。
けれどそんなアルヴィン様が、愛おしくて仕方ないと思ってしまう私も、きっと救いようがないくらい愚かなのだろう。




