違和感と真実 4
「アルヴィン様、大丈夫ですか?」
「……うん。ごめん」
あれからすぐ、私はアルヴィン様の元へと向かった。みんな気を利かせてくれて、医務室には今二人きりだ。
ベッドに横たわる彼はオーウェン以上に血を流しすぎたせいか、顔色は酷く悪い。
けれど、命に別状はないようで安心する。
「大丈夫だからって言ったのに、かっこ悪いところを見せてしまったね」
「そんなことありません! 無事に帰ってきてくれて、本当によかったです……」
ベッドの上に無造作に置かれていたアルヴィン様の冷たい手を、そっと握る。
──アルヴィン様が出て行った時も、血塗れで帰ってきた時も、回復魔法が効かないと気付いた時も、すごく怖かった。
アルヴィン様がいなくなってしまうのが、何よりも怖いと思った。
「実は最近、少しだけ体調が悪いんだ。そのうち落ち着くだろうし、もうこんな無様なことにはならないようにするよ。だから、そんな顔をしないで」
アルヴィン様の体調が悪かったことにも、私は気付いていなかった。
悔しさを感じていると、アルヴィン様は私が握っていた手をゆっくりと持ち上げ、頬に触れる。
「本当に大丈夫だから」
「……はい」
小さく頷けば、アルヴィン様はほっとしたように笑ってくれる。
それからはエリカから聞いた通り、あの男についての話をした。アルヴィン様も納得したようで、必ず再び殺してみせると、ひどく冷たい眼差しで呟いていた。
「でも、体調が悪い原因は分かっているんですか?」
「うん。大したことじゃないから気にしないで」
「…………」
アルヴィン様はそう言ったけれど、やはり濃い不安がつきまとう。絶対に何か隠しているという、そんな確信があった。
「この怪我もニナが治してくれたんだろう? オーウェンと合わせるとかなりの魔力を──」
「アルヴィン様」
静かに名前を呼べば、私の様子が普段と違うことに気付いたのか、アルヴィン様は口を噤む。
「体調が悪いことと、回復魔法が効きにくかったことには、関わりがありますか」
「────」
そう尋ねた瞬間、すみれ色の瞳が揺れた。ほんの一瞬だとしても、アルヴィン様が動揺を顔に出すことは滅多にない。予想が確信へ変わってしまう。
アルヴィン様はすぐに、唇で美しい弧を描いた。
「もちろん関係はないよ。大したことじゃないから、ニナに言う必要はないと思っただけだ。余計な心配をかけたくないから」
「それならどうして、回復魔法が効かないんですか」
「俺にも分からないから、調べておくよ」
誤魔化し、いつも通りの笑みを浮かべるアルヴィン様に苛立ちが募る。
どうして本当のことを言ってくれないのだろう。
単に体調が悪いだけで何か病気にかかっているのなら、私だって力になれるはず。それに本当に大したことがないのであれば、ここまで隠す必要だってない。
そしてふと、最近の友人達の言葉を思い出す。
『ねえニナ、アルヴィンをよく見ていてあげてね。とにかく側で見守ってあげて。頼むよ』
『ニナ、アルヴィンを頼む』
きっとオーウェンもディルクも、アルヴィン様の身に何が起きているのか知っているのだ。
二人には話せて、私には言えない理由。心配をかけたくない、というだけでは絶対にない。
アルヴィン様のことだから、ある程度の想像はつく。私が悲しむから、私が罪悪感を感じるから、私が傷付くから、そんな内容に決まっている。
『……そう。やはり成功していたんだね』
『俺はもう、ニナの知っている俺じゃないんだ』
『俺? 俺はあったよ』
『もう叶ったから』
『ねえ、ニナ。ニナはもう一度、この世界に来て良かったと思う?』
『それに、俺には責任があるから』
『この世に奇跡なんてないよ』
『俺の世界には、ニナが必要なんだ』
アルヴィン様のこれまでの言葉を思い出すたび、ひとつの答えに繋がっていく。
普段は周りから散々鈍感だと言われているのに、こんな時だけ妙に頭が冴えてしまうのが嫌になる。
やがてアルヴィン様の手を両手で包むと、私はぎゅっと握りしめた。
「──アルヴィン様は、禁術魔法を使ったんですね」




