違和感と真実 3
「えっ? だって、五代前なら相当昔のはずじゃ……」
私がヒロインとして召喚されたのは『剣と魔法のアドレセンス』の無印──つまり初代で、エリカがヒロインとして召喚されたのが続編だ。
だからこそ、過去の聖女にまほアドプレイヤーがいるはずなんてないと思っていたのに。
「ニナさん、3はプレイしていないんですか?」
「うん。2までしか……」
シリーズ最新作である3は、私が再びこの世界に飛ばされてくる四ヶ月ほど前に発売されたはず。私はちょうど学業が忙しく、プレイできていなかった。
舞台の年代がこれまでのシリーズとは違うらしく、アルヴィン様やみんなは出ないため、そもそもあまり興味もなかったのだけれど。
「私はこの世界に来る直前にプレイしたんですが、過去の世界に転移するお話なんです」
「えっ?」
「なので、私たちの後に転移したとしても、飛ばされる時間軸は過去なので辻褄は合います」
エリカの言う通り、その理論であれば全ての辻褄が合うし、ルナという名前は日本人でも十分あり得る。驚きを隠せずにいる私に、エリカは続けた。
「そしてルナ様の日記には、あの男と思われることが書かれていて……実は3では、バグが発生するって噂があったんです」
「バグってなんだ?」
「ええと、バグっていうのは──……」
テオ達に用語の説明をしながら、話を聞いていく。バグが発生していたというのも、私は初めて聞いた。
「おまけ要素の戦闘ミニゲームに、あの男に似たキャラが出てくるんです。三回倒すと願いごとがひとつ叶う報酬アイテムが貰えるというものだったんですが、バグが起きた場合、本編でも出てくるっていう噂があって……私もSNSで噂を見かけただけで、都市伝説扱いだったし信じていなかったんです」
「バグで、本編に?」
「はい。でも、ルナ様の日記ではあの男らしき人物をバグと呼んでいて、彼を三回殺した末に得た力で元の世界に帰るって、書いてありました」
信じられない話に、私はやはり戸惑いを隠せない。けれど確かにこの世界は、ゲーム通りではないことも多かった。
イベントの順序が変わったり、今だって私とエリカ、どちらがヒロインなのかこの世界は混乱していて、二人でイベント地に召喚されたりしたこともあったのだ。
何より、私やエリカのステータスもおかしくなっていた。バグがこの世界自体に反映されるようなイレギュラーが起きていたって、不思議ではない。
「でも、どうしてまた現れたんだ? 前の聖女が殺したのならおかしいよな」
「……もしかすると、ヒロインが変わる度にニューゲーム扱いで新しくなってるのかも」
そもそもがバグである以上、どんなことが起きていても不思議ではない。
私はこの世界が好きだけれど、本当に歪だとも思う。
「その通りなら、後一回殺せば今度こそ死ぬのよね?」
「多分、そうだと思います。でもゲームでは毎回強さが上がっていくので、次はきっと今回よりもずっと力をつけてくるかと……」
今回ですら、アルヴィン様とオーウェンがこれほどの傷を負ったのだ。
次の戦いを考えると、不安に押し潰されそうになる。
「でも、何故そのことを誰も知らないの? これほど大事な話、伝わっていないのがおかしいわ」
「……当時の国王様から、逃げるためだったそうです」
「どういうことだ?」
エリカは悲しげに目を伏せ、静かに説明してくれた。
──ルナ様は元の世界に結婚を誓った恋人がいたこと、ずっと元の世界に戻りたかったこと。
当時の国王からの異常な好意に戸惑い、無理やり娶られそうになったこと。
そんな中、バグに遭遇した彼女は報酬アイテムに希望を抱き、信頼できる仲間達と共に男を倒したことを。
「表向きには、魔物を退治したことにしたそうです。最後はアイテムを使い、元の世界に戻ったみたいで……きっと仲間の方々も最後まで黙っていたんでしょう」
私のように一度死んでみなければ、元の世界に帰れるかなんて分からないのだ。だからこそ、彼女は必死に元の世界へ帰る方法を探したのだろう。
「この日記はいつか私と同じ能力を持つ聖女に見つけてほしいと、最後に書かれていました」
「……そうだったんだ」
ルナ様が無事に元の世界に戻り、幸せに暮らしていることを祈らずにはいられない。
「エリカ、話してくれてありがとう。きっとルナ様の日記にあったのは、私達を襲った男で間違いないと思う」
「だね。僕もそんな気がするよ」
みんな同じ意見のようで、深く頷いていた。あの男はゲーム通り、ヒロイン──聖女の敵として動いている。だからこそ、必ずまたエリカや私を狙ってくるはず。
「でも、ラッキーだったな。あいつの正体が分かってさ。しかも倒せば願いが叶うすげーアイテムまで貰えるんだろ? 一石二鳥じゃん」
暢気な言葉に、心が少し軽くなる。テオの言う通り、あの男を倒すべきことに変わりはない。
「この間は足手まといになっちゃったけど、次は私も力になるから」
「おう。今回はアルヴィンとオーウェンがボコボコにされちまったけど、次は俺達も一緒に戦うしさ。絶対に大丈夫だろ」
「ああ。任せてくれ」
「そうね。私達も舐められたものだわ」
「辛辣だなあ。僕だって今回はこのザマだけど、やる時はやるからね」
みんなの言葉が心強くて、私も怯えてばかりいられないと両手を握りしめる。
とにかく今はアルヴィン様とオーウェンの回復を待ちながら、対策をあらためて立てるべきだろう。
そろそろ再びアルヴィン様の様子を見に行こうと思っていると、不意にノック音が響いた。
「アルヴィン殿下が目を覚まされました」




