全力で乗っかるしかない
私は攻撃の正確さにあまり自信はないため、魔物を狙い撃ちするのではなく、広範囲に浄化魔法を展開した。
目の前の辺り一面が眩く光り、一瞬にして蛇型の魔物とスライムが溶けていく。もちろん浄化魔法は魔物にしか効かず、人間には何の害もない。
「なっ……この光は──」
「きゃ、眩し……!」
テオも聖女も、眩しさに目を細めている。魔物が完全に消滅したのを確認すると、私は二人の目が眩んでいる隙にカゴを抱えてその場から走り出した。
これならきっと、私の姿は見られていないはず。
そのまま走り続け自宅へ駆け込んだ私は、すぐにドアを閉めるとそのまま背を預け、ふうと息を吐いた。
「……はあ、つ、疲れた」
二人とは一切、関わらないつもりだったのに。とは言え、あの状況で助けるなという方が無理がある。
私だとは絶対にバレていないだろうし、あれだけでシナリオに影響が出ることはないはず。とにかく、本当にこれきり関わらないでおこう。
そう決めて、私は抱きしめていたミシアム草が入ったカゴを手に、キッチンへと向かった。
◇◇◇
「おはようございます! 私はエリカと言います。昨晩は助けてくださって、ありがとうございました!」
けれど翌朝、来訪者を知らせるベルが鳴り響き、ドアを開けたところ、そこには何故かカゴいっぱいの果物と花を抱えた聖女の姿があった。
予想外のことに、私はまだ寝ぼけているのかと一瞬、いや五瞬くらい自分の目を疑ってしまう。
彼女の後ろには、訝しむような表情を浮かべ、じっと私を見つめるテオの姿もあった。
「突然お邪魔してしまって、ごめんなさい」
「い、いえ」
二人を助けたのがどうして私だとバレたのだろう。すっかり油断していたこともあり、冷や汗が止まらない。
あの後、ミシアム草を使ってみたところ、無事に見た目も普通のポーションになったのだ。今日はこれから近くの町にて、問題がないか鑑定をしてもらいに行こうとしていたというのに。
「あっ、こちらは先輩のテオさんです!」
「どーも」
「あ、どうも……」
そんな私に眩しい笑顔を向けてくれたエリカさんは、ご丁寧にテオを紹介してくれた。とても可愛い。
とにかく誤魔化すしかないと、私は口を開く。
「すみませんが、人違いだと思います」
けれどすぐに、エリカさんは首を左右に振った。柔らかな銀髪が揺れ、甘い香りが鼻をくすぐる。
「あの、私はバカだしドジだし魔法はヘタなんですけど、目だけはすごく良いみたいで」
「…………」
「その人の魔法属性が色で見えるんです。この家だけ、すごく綺麗な銀色に覆われていました。もちろん、あなた自身も。私と同じ聖魔法使いの色です」
まさかエリカさんにそんな能力があったなんて、と驚いてしまう。ちなみに、それで言うと私は「耳」がいい。彼女が言っていることは本当なのだろう。
家の周りにも一応、とこっそり加護魔法をかけていたのが悪かったらしい。
言い逃れはもう出来なそうだと、腹を括る。そしてここからどう言い訳をしようかと悩んでいたところ、エリカさんは私の両手を自身の両手で掬い取った。
「過去の聖女様の子孫の方、ですよね?」
「えっ?」
「本で読んだんです。この国には過去の聖女様の子孫の方々がいて、聖魔法も使えるって!」
「…………あ」
私は第十四代聖女であり、私より前にも異世界から聖女は召喚されていたんだとか。
役目を果たした後に突然消えた者もいれば、国に残り結婚をして普通に暮らしていた人もいると聞く。その子孫の中には、ごく稀に聖魔法を使える者もいたという。
まさか前の聖女がうっかり紛れ込んでいるなんて夢にも思わないだろうし、その子孫だと予想したのだろう。
ありがたい勘違いに全力で乗っかるしかないと思った私は、笑みを浮かべた。
「……はい、実はそうなんです。たまたま昨晩は薬草を採りに森へ行っていたところ、お二人に魔物が近づいているのが見えまして」
「やっぱり! 助けてくださり、本当にありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、良かったら」
そう言って、持っていたカゴを差し出される。美味しそうな果物と、可愛らしい花がたくさん入っていた。
ここは変に遠慮をするよりもしっかりと受け取って、これでおしまいにした方が良いだろう。私はお礼を言うと、エリカさんからカゴを受け取った。
こうして近くで見ても彼女はすごく綺麗で、少し話をしただけでも、良い子だというのが伝わってくる。
どうかこれからも頑張って欲しいと考えていると、ずっと黙っていたテオが「なあ」と言い、私を見つめた。
「お前の名前、ニナって言うんだって?」
「……そ、そうですけれども」
同時に、しまったと心の中で頭を抱える。この村でずっと生きていくつもりだった私は偽名を使わず、そのままの名前で生活をしていたのだ。
こんなことになるとは思っていなかったし、やはり自分の名前を捨てて生きていくのは嫌だった。
流石に怪しまれただろうかと、ヒヤヒヤしてしまう。