違和感と真実 1
アルヴィン様達がエリカの元へ行ってから、5時間ほどが経過した。未だに何の連絡もなく、私達はただ黙って待つことしかできずにいる。
「アルヴィン達、遅いわね」
「やばかったら俺らにも助けに来いって連絡来るだろ」
夜も更け始め、テオはふわあと大きな欠伸をすると、ソファの背に体重を預けた。
テオは共に戦ってきた仲間であるアルヴィン様達の強さを信頼しているからこそ、こうしてリラックスした態度でいられるのだろう。
私だってアルヴィン様とオーウェンを信じてはいるけれど、やはり不安は拭いきれずにいた。
「ニナは少し休んだ方がいいわよ。アルヴィン達に何かあった時、治療するのはニナなんだから」
「うん、そうだね。ありがとう」
ラーラの言う通り、私にしかできないこともある。
眠れそうにはないけれど、少しでも体力を温存しようとソファに座ったまま目を閉じた。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。不意に王城内が騒がしくなり、目を開ける。
ラーラが結界を解除しており、テオはぐっと両腕を伸ばしていた。ラーラの肩には使い魔のドラゴンが乗っていて、アルヴィン様達の気配を感知したらしい。
「アルヴィン達が戻ってきたみたいね。行きましょう」
心臓が早鐘を打っていくのを感じながら、使い魔の指し示す方へ三人で向かう。やがて辿り着いたのは王城内の医務室で、嫌な予感がしてしまう。
緊張しながら中へと足を踏み入れると、ベッドには横たわる二人の姿があった。
「…………っ」
一言で言うと、赤だった。
ベッドに横たわるアルヴィン様もオーウェンも出血が酷かったのか、白い服が真っ赤に染まっている。こんなにも傷を負っているのは西の塔以来、初めて見た。
二人とも意識はなく、血の気が引いていく。
「回復……!」
私はすぐに駆け寄ると、両手をかざして二人まとめて回復魔法をかける。
その様子から、壮絶な戦闘があったことは明らかだった。そしてその相手が、かなりの実力者であることも。
「ニナさん……っ!」
回復魔法をかけ始めてから少しして、医務室へやってきたのは泣きじゃくるエリカだった。彼女が無事でよかったと安堵しながらも、回復魔法をかけ続ける。
「お、お二人に助けてもらったのに……ごめんなさい、私じゃ治しきれなくて……」
「ううん、大丈夫だよ。ここは私に任せて、エリカはゆっくり休んでいて」
最近のエリカは邪竜の討伐に向けて、攻撃魔法のみに絞って魔法の練習をしていると聞いている。
だからこそ、彼女の回復魔法では足りずポーションでの治療だけをして、ここへ運ばれてきたようだった。
久しぶりに会った彼女の顔は真っ青で、心配になる。
テオにエリカのことを任せ、詳しい話は後で聞くことにして、私は治療に専念した。
少しでも早く二人の苦しみや痛みがなくなるよう、必死に祈りながら魔力をひたすらに込めていく。
「……久しぶりに、こんな痛い思いしたな」
しばらくしてオーウェンの瞼がゆっくりと開かれ、そんな声が聞こえてくる。いつもの様子のオーウェンに、思わず力が抜けてその場にへたり込みそうになった。
やはりまだ辛いようでオーウェンは身体を動かさず、真紅の瞳だけをこちらに向けている。
「ありがとう、ニナ。お蔭で傷は塞がったみたいだ。血が流れすぎたせいで、クラクラするけど」
「良かった。とにかくまだまだ安静にしていて」
アルヴィン様はまだ意識が戻っておらず、回復魔法をかけ続けたまま、オーウェンの声に耳を傾ける。
「……今回、エリカを襲ったのもあいつだったよ」
あいつ、という三文字だけで、誰のことを言っているのかすぐに理解した。私を一度殺した、あの男だと。
それだけで身体が強ばったものの、オーウェンに心配をかけまいと平静を装う。
「でも、しっかり殺してきたから安心して。……まあ、前回同様完全に殺せたわけじゃないみたいだけど」
「……どうして、殺せないんだろう」
イベント先でエリカと共に襲われた際も、間違いなくアルヴィン様が首を切り落とし、頭を潰したにもかかわらず、男の「またね」という声が響いたのだ。
再びエリカを狙ったこともあり、あの男を完全に殺さなければ、私達に平穏はいつまでも訪れないだろう。
何より、二人にここまで深傷を負わせるくらいの強さを持っている上に、あれほどの残虐さを持つ男を野放しにしておくわけにはいかなかった。
とにかくアルヴィン様も回復し次第、あらためて対策を立てる必要があるだろう。
そろそろ傷も全て塞がっただろうかと思いながら、アルヴィン様の真っ赤な服の袖を捲って腕を確認する。
「──えっ?」
そして私は、言葉を失った。
すぐに足や腹部を確認しても結果は同じで、困惑と焦燥感で頭が真っ白になる。
「ど、して……」
何故かアルヴィン様には、私の回復魔法がほとんど効いていなかったからだ。




