嵐の前の 2
「アルヴィン様、何をしているんですか?」
ソファで読書をしていると、隣に座るアルヴィン様が私の髪に触れて何かしていることに気が付く。
どうやらただ下ろしていただけの髪を、結ってくれているらしい。以前よりもずっと自然に触れられ、距離感が近づいていることを感じながら、本を閉じる。
「ニナの髪は綺麗だね」
「絶対にアルヴィン様の方が綺麗です」
光の束を集めたような彼の金髪は、いつだってキラキラと輝いていて眩しい。髪だけでなく目も肌も全てにおいてアルヴィン様は完璧で、美しかった。
未だにふとアルヴィン様を見つめながら、この人が私を好きなんて不思議だとあらためて思ったりもする。
「ニナは全部がかわいくて眩しくて、天使みたいだ」
「……アルヴィン様視点の私を見てみたいです」
私に対して特殊なフィルターがかかっているようで、相当な美女に見えているらしい。いつかその効果が解けないことを祈るばかりだ。
「ニナの瞳もとても好きだよ、透き通っていて綺麗だ」
「私はアルヴィン様の宝石みたいな瞳に憧れます」
「そう? 俺は自分の瞳が好きじゃないんだけどな」
アルヴィン様の瞳の色はお母様譲りだと、以前聞いたことがある。そのせいだと思うと、ちくりと胸が痛む。
「それでも私は好きですよ。いつまでも眺めていたいくらい、すごく綺麗です」
「……俺は単純だから、ニナがそう言ってくれるだけで好きになれそうだ」
「ふふ、それなら毎日言いますね」
私が側にいることで、少しでもアルヴィン様の世界が明るくなればいいなと思う。
そうしているうちに髪を結い終わったようで、アルヴィン様は「できた」と呟き、私の身体に腕を回した。
軽く手で触れただけで、凝っていて綺麗に編まれていることが分かる。メイド達が見たら、やる気を失いそうなくらいのクオリティだ。
「アルヴィン様、本当に何でもできてしまうんですね」
「そんなことはないよ。ニナにキスだってできないし」
「そ、それはまた別のできるできないで……」
拗ねたような表情で頬杖をつき、アルヴィン様はじとっと私を見つめる。
「ニナがキスは禁止だって言うから」
「アルヴィン様のせいです!」
二人きりになるとそればかりで、私は限界を迎えていた。嫌なわけではないけれど、限度というものがある。
ラーラに一度目撃された際「逆にそれだけで我慢できているのがすごいわ」なんて言われてしまって、余計に恥ずかしくなり、一週間ほど禁止令を出していた。
「唇がダメ? どこまでならいい?」
「ぜ、全部だめです!」
片手を掬い取られ、指先に口付けられる。ここ最近、何度も何度も感じた柔らかな感触と温もりから、色々と思い出してしまい一気に顔が熱くなっていく。
そんな私を見て、アルヴィン様は口角を上げる。
「ねえニナ、今何を考えたの?」
「な、何も……」
「嘘つき。少しはしたくなった?」
「……っ」
軽く指先を噛まれ、逃げ出したくなった時だった。
不意にアルヴィン様の右手の中指の指輪が眩く輝き、その瞬間、彼の笑顔は真剣な表情へと変わる。
そしてこの指輪は以前、ラーラが作った魔道具だという話を聞いたことを思い出す。
『エリカのいる神殿と繋がっていて、緊急事態の際に光るようになっているらしい。オーウェンやディルクと揃いの指輪だなんて、気色が悪いな』
つまりエリカの身に何かが起きたのだと思うと、一瞬にして体温が下がっていく感覚がした。
「ごめんね、ニナ。少し行ってくる」
「私も一緒に──」
「俺達だけで大丈夫だから、ニナはここにいて。ニナが一緒だと、俺は弱くなる」
宥めるようにそう言われ、ぐっと唇を噛む。
私はアルヴィン様達ほど戦闘能力は高くないし、万が一相手があの男だった場合、きっと恐怖でまた使いものにならなくなる。
何よりアルヴィン様は私が側にいれば庇って戦い、本来の力を出しきれないのは明らかだった。
「分かり、ました」
静かに頷けば、アルヴィン様は「ごめんね」と困ったように微笑んで私の頭を撫で、転移魔法で姿を消した。
胸騒ぎが収まらず、居ても立っても居られなくなった私は、ラーラの部屋へと向かおうとする。
そして廊下に出てすぐ、テオに出会した。
「あいつらがいない間、俺がお前の護衛だってよ」
「うん、ありがとう」
ディルクは騎士団の仕事で王城を離れているらしく、アルヴィン様とオーウェンが向かったという。
私の護衛としてラーラとテオが側にいてくれることとなり、私達はラーラの部屋へと移動した。
「そんな顔すんなって、あいつらなら大丈夫だからさ」
ラーラがこの部屋に結界を張っている間、テオが気遣うように声をかけてくれる。今の私は相当酷い顔をしているのだろう。
「ごめんね。ここ最近ずっと平和だったから、少しびっくりしちゃって」
「だよな。俺もすげー油断してたわ。ま、すぐ帰ってくるだろうし、茶でも飲んで待ってようぜ」
全く二人の心配をしていない様子のテオに、つられて少しだけ安堵する。
あんなにも強くて力のある魔法使いであるアルヴィン様とオーウェンが、誰かに負けるはずがない。
絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせ、私は小さく震える両手をきつく握りしめた。




