嵐の前の 1
アルヴィン様に告白をしてから、一週間が経った。
「ねえニナ、俺のこと好き?」
「す、好きです」
「ありがとう、俺もだよ。どれくらい好き?」
「え、ええとですね……」
至近距離で眩しすぎる笑みを向けられ、頬を撫でられた私は、言葉に詰まってしまう。
両思いになってからというもの、アルヴィン様の甘さは限界突破していた。常に幸せそうで、それに関してはとても喜ばしいことではある──けれど。
「ちょっと!!!! いい加減にしなさいよ!!!」
そんな中、ラーラが思い切りテーブルを叩き、アルヴィン様を怒鳴りつけた。衝撃で傾いたグラスを彼女の隣に座るディルクが、すかさず掴む。
「いつでもどこでもそればかり尋ねて、聞いてるだけでイライラしてくるわ。本っ当にどうしようもない男ね」
「ニナもよくキレないよな。俺なら普通に冷めるわ」
ラーラの言葉にテオも深く頷き、同意している。
そう、今はみんなでの夕食の最中だった。私としては今すぐ逃げ出したいくらい、恥ずかしくて仕方ない。
これから時間をかけて好きだと伝えていきたいと誓ったものの、毎日ずっとそんなことを尋ねられ続けては、流石に困惑してしまう。
「ニナはお前たちとは違う。……そうだよね?」
縋るような視線を向けられ、慌てて頷く。
実は数日前、彼の問いに対して照れて濁した際、アルヴィン様はそれはもう悲しんで不安げな顔をしたのだ。
私はアルヴィン様のその顔に弱く、それ以来即答するようにしていたけれど、甘やかしすぎたかもしれない。
「それに絶対、私達に見せつけてるじゃない! ねえニナちゃん、私のこともとっても好きよね?」
「も、もちろん! ラーラのことだって大好きだよ」
「それでもニナの一番は俺だ」
「は? お前は黙っていなさいよ、この執着男」
「なあニナ、俺も好きだろ?」
ラーラやテオは以前からこんな感じだけれど、アルヴィン様は最近少し幼くなった気がする。こんな風に周りと言い合いをするなんて、昔では考えられなかった。
私やみんなに心を開いてくれた証拠だと思うと嬉しいものの、食事中まで騒がしいのは問題かもしれない。
「まあ、最初くらいは目を瞑ってあげようよ。こんなの今だけかもしれないしさ」
「は?」
「確かにね。こんな調子じゃ、そのうちニナにも捨てられるでしょうし」
「表に出てくれないか」
オーウェンやラーラの言葉に、アルヴィン様は明らかに苛立った様子を見せる。こんなやり取りも、今に始まったことではない。
みんなが言い合いをしている隙に食事を再開しつつ、私は向かいのディルクと平和に他愛のない話をする。
「このじゃがいものスープ、美味しいね」
「ああ。ちなみにこのパンにはこのジャムが合う」
「本当? 試してみよっと」
そうしてジャムに手を伸ばせば、不意にアルヴィン様の手と重なった。
「ニナ、俺が塗ってあげるよ」
「えっ?」
「ちょっと! まだ話は終わってないんだけど!」
「ニナには何でもしてあげたいんだ」
「無視すんじゃないわよ!」
「あ、ごめん。そのパン、最後の一個食べちまった」
「…………」
賑やかすぎる気はするものの、喧嘩するほど仲が良いと言うし、こんな平和な時間が続けばいいなと思った。
◇◇◇
「──よし、できた。完璧!」
昼食を終え、王城の裏の屋敷のキッチンにてポーションを作っていた私は、持っていたヘラを流しに置いた。
綺麗な透明になった液体を灯りに掲げ、息を吐く。
最近は暇さえあれば、こうして上級ポーションを生成している。アルヴィン様は私に何もしなくていいと言ってくれているものの、上級ポーションは作れる人間も数も限られているし、あって困ることはないからだ。
エリカへの指導がなくなった今、私は完全に無職状態のため、少しは働かなければ。そもそも屋敷の前の畑のレアな薬草たちも、消費しないともったいない。
「……田舎でひとりでスローライフをしたいなんて言ってた頃が、懐かしいね」
近くで見守ってくれていたシェリルに声をかけ、ふわふわの毛並みを撫でる。今はもう、みんなと離れて過ごすなんてこと、考えられなかった。
完成した上級ポーションを小瓶に流し込むと、木で編んだカゴに入れる。
「シェリル、オーウェンにお使いできる?」
そう尋ねればシェリルは小さく頷き、カゴを咥えるとすぐに魔法塔へと向かって行く。
あまり堂々と出歩けない私の代わりに、最近はこうしてお使いをしてくれて、とても助かっていた。
「ニナ、またポーションを作っていたんだね。今そこでシェリルとすれ違ったよ」
「アルヴィン様、おかえりなさい」
入れ違うようにしてアルヴィン様がやってきて、キッチンで後片付けをしていた私の元へやってくる。
「片付けが終わったらすぐにお茶を──」
「そんなの、後でいいよ」
不意に後ろから抱きしめられ、私は思わず手に持っていた鍋を落としそうになった。中身が空で良かったと思いながら、なんとかカウンターに置く。
「二人きりになるのは2日ぶりだね。とても辛かった」
「大袈裟ですよ。毎日、何回も会っているのに」
「それとこれは別だよ」
アルヴィン様はそう言って、私の首筋に顔を寄せる。柔らかな金髪が触れ、くすぐったくなった。
「ねえニナ、こっち見て」
「い、いやです」
「酷いね。寂しいな」
アルヴィン様の方を向けばどうなるのか、私はこの一週間で思い知らされていたからだ。
「俺のこと好きなんだよね?」
「す、好きですけど」
「それなら俺のお願い、聞いてほしいな」
もう一度「お願い」とダメ押しされてしまい、心が揺らぐ。こうして甘えれば私が結局折れるのを知っていてやっているんだから、本当にずるいと思う。
「わ、わかりま──っ」
振り返った瞬間、噛み付くように唇を塞がれる。
動揺してバランスを崩した私の腰を抱き寄せたアルヴィン様が、少しだけ笑ったのが分かった。
アルヴィン様は今や全く遠慮がなくなり、二人きりになると、こんな時間ばかりを過ごしている。先日「好き放題してしまった」と反省していた人とは思えない。
それくらい好きだと言うのが伝わったのだと思うと嬉しい反面、まだ慣れない私はいっぱいいっぱいだった。
「……く、苦しい、です」
「下手なニナもかわいい」
酸素不足で必死に胸元を押したことで、ようやく解放される。アルヴィン様だって私が初めてなはずなのに、恐ろしく余裕があって、上手で悔しくなった。
「だって、まだ慣れてなくて」
「うん。だからもっと練習しないと」
「えっ? ちょ、ちょっと待っ──……」
再びアルヴィン様の顔が近づいてきて、こんな甘すぎる日々が続けば、私の心臓はもたない気がした。




