新しい朝 4
「すみません……オーウェンと一緒にお邪魔していたんですが、髪留めを落として拾っているうちにアルヴィン様が戻られて、出るタイミングを失ってしまって……」
アルヴィン様は「そう、なんだ」とだけ呟くと、金色の長い睫毛を伏せた。その様子からはやはり、私に対して気まずさや罪悪感を抱いているのが伝わってくる。
とにかくオーウェンをこれ以上巻き込むわけにはいかないため、ひとまず用事を済ませてもらうことにした。
「オーウェンさん、とりあえず用事をどうぞ……」
「すごい状況とタイミングで振ってくれたね。まあ、急いで済ませるから待ってて。今のアルヴィンに俺の話が頭に入るか怪しいところだけど」
オーウェンは苦笑いを浮かべ、どこからか書類の束を取り出すと、アルヴィン様に話をし始める。
アルヴィン様は「ああ」「ああ」「ああ」しか言っていなかったものの話は終わったようで、オーウェンは「頑張ってね」と私の肩を叩き、執務室を出ていった。
「…………」
「…………」
やがて二人きりになり、重く苦しい沈黙が流れる。
これから好きだと伝えると思うと、やはり緊張してしまう。そもそも、どう告白すればいいかも分からない。
それでも私は何度か深呼吸をすると、言葉を発さないままのアルヴィン様の名前を呼んだ。
「アルヴィン様、大切な話があるんです」
「……聞きたくない」
「えっ」
そう言って、アルヴィン様は私から顔を逸らす。
予想外の反応に、間の抜けた声が漏れる。アルヴィン様がこんな子どものような反応をするのはもちろん初めてで、驚きを隠せない。
「どうしてですか?」
「怖いんだ」
いつだって堂々としている彼の不安そうな、怯えた様子から、それほど私を想ってくれているのだと思うと、胸の奥が締め付けられた。
同時にもうそんな顔をしてほしくなくて、悩んでいたことや緊張していたことなんてどうでも良くなって、私はアルヴィン様に駆け寄ると思いきり抱きついた。
「ニナ? 急にどうし──」
「好きです」
「……え」
「私、アルヴィン様のことが好きなんです!」
そう告げた瞬間、アルヴィン様の身体が跳ねる。
顔を上げれば、信じられないという表情を浮かべ、明らかに動揺しているアルヴィン様と視線が絡んだ。アメジストの瞳が、戸惑いで揺れる。
やはりアルヴィン様は、私の気持ちには一切気が付いていなかったのだろう。
きっとこのままでは伝わらないと、私は続ける。
「昨日は本当にごめんなさい。酔ってはいたけど、記憶もあるし全部私の意志です。アルヴィン様とキ、キスしたいと思ったから言いました」
「…………」
「今日の朝も色々思い出すと恥ずかしくて意識してしまって、顔が見れなかっただけで怯えてなんていません」
アルヴィン様の目が、驚いたように見開かれる。
「それと昨日はいっぱいいっぱいで、大事なことを伝え忘れてしまってごめんなさい」
「…………」
「私、アルヴィン様のことが本当に好きです」
理由なんて分からないけれど、胸が色々な感情でいっぱいになって、涙腺が緩んでいく。
「私のことがおかしいくらい好きで、私にだけすごく優しくて、いつだって私のことを大切にしてくれるアルヴィン様のことが、好きになったんです」
信じてほしくて、必死に言葉を紡いでいく。
「本当に、アルヴィン様のことが──」
そしてそこまで言いかけたところで、私はアルヴィン様にきつく抱きしめ返されていた。
「……アルヴィン様?」
それでもアルヴィン様はやはり何も言わず、戸惑っていた時だった。
「……っ」
アルヴィン様の身体が少しだけ震えていることにも、きっと泣いていることにも、気が付いた。
「……本当、に?」
「はい」
「本当に、俺のことが好きなの?」
「はい、そうです」
今にも消え入りそうな声で尋ねられ、何度も頷く。
「俺を哀れに思ってるからじゃ、ない?」
「違います。アルヴィン様が好きなんです」
縋るように背中に腕を回され、少しだけ息苦しい。それでも、大丈夫だと伝えるように身体を預ける。
「本当に、ニナは俺が好き?」
「はい」
「もう一回、言って」
「アルヴィン様が好きです」
「もう一回」
「大好きです」
何度も何度も確かめるように、繰り返す。
私に好きになってほしいと言いながらも、実際に私が彼を好きになるとは思っていなかったのかもしれない。
「本当ごめん。ずっとそう言ってくれることを願っていたのに、いざとなると信じられなくて、嬉しいはずなのに怖くて、どうしたらいいか分からない。ニナが好きで好きで好きで好きで、もう俺にはそれしかないんだ」
「……はい」
「これでも必死に色々と我慢していたのに、ニナからそんな言葉を聞いてしまったらもう、本当に二度と離してあげられないと思う。歯止めが効かなくなって、いつかニナをどうにかしてしまいそうで、怖くなる。俺は汚くて重くて、どうしようもない人間だから」
好きだと告げるだけでこんなにも不安になってしまうアルヴィン様の重い愛情だって、今は怖いと思わない。
むしろ嬉しいと感じるくらい好きなっているのだと、これから時間をかけて伝えていきたい。
「どんなアルヴィン様でも好きですから、大丈夫です」
そう告げれば、ゆっくりと顔を上げたアルヴィン様の瞳から、静かに涙がこぼれ落ちていく。
「……ありがとう。俺も、ニナが好きだよ。愛してる」
俺も、という言葉から、少しは私の気持ちは伝わったようで少しだけほっとする。
子供みたいに笑った笑顔が愛しくて、あらためてアルヴィン様が好きで幸せにしたいと、強く思った。




