新しい朝 3
『ニナ、好きだよ。俺は一生、ニナしかいらない』
心の中は好きという気持ちでいっぱいだったし、アルヴィン様からの愛の言葉に対しても何度も頷き、キスだって前半は受け入れていた、けれど。
よくよく考えると、一度も「好き」を言葉にしていないことに気が付いてしまった。
「……それ、本当に言ってる?」
ラーラですら明らかに引いたような顔をしていて、余計に焦ってしまう。
「で、でも好きって言われる度に頷いて、何回もキ、キスしたしそんなの、好きだからって分かるはずで……」
「あんたが酔っ払いの時点でそんなのノーカンよ」
「そ、そんな……」
もしかするとアルヴィン様は今も私からの好意に気付いておらず、ただ酔った勢いでキスを強請った女だと思っているのだろうか。恐ろしい誤解すぎる。
私は偉そうに「お酒の勢いじゃない」なんて言っていたものの、傍から見れば酔っ払いに変わりはないし、罪悪感を感じるのは当然かもしれない。
朝食を終えた後、何か言いたげな顔をしながらも「本当にごめん」とだけ言っていたアルヴィン様の気持ちを思うと、胸が締め付けられた。
「わ、私、アルヴィン様のところへ行ってくる!」
「ハイハイ、行ってらっしゃい。若いって羨ましいわ」
私は慌てて立ち上がると「私も恋したーい」と溜め息を吐くラーラの部屋を出て、そのままアルヴィン様の執務室へと向かった。
◇◇◇
「ど、どうしよう……」
変身魔法をかけて執務室の前へ来たものの、仕事中に告白をするというのは、やはり良くない気がしてきた。
それでもなるべく早く伝えたくて、ドアの前でうろうろしていると、背中越しに「ニナ?」と声をかけられ、びくっと肩が跳ねる。
早鐘を打つ心臓のあたりを押さえながら振り返ると、そこには朝食ぶりのオーウェンの姿があった。
「どうしたの? 挙動不審だけど」
「アルヴィン様に話があって……」
「ああ、アルヴィンなら今、会議中だよ。もうすぐ戻ってくるから、執務室で待っているよう言われたんだ。用事があるなら一緒に待ってようか」
「でも、私のは仕事と関係ない用事だから」
「アルヴィンにとっては、ニナが最優先だから大丈夫」
オーウェンはそう言って笑うと、私の背中を押して執務室の中へと入る。とにかく簡潔に好きだと伝えようと決め、オーウェンと大きな机の手前の椅子に腰掛けた。
変身魔法を解き、一息つく。
「それで、喧嘩でもした? 朝は様子が変だったけど」
「……実はその、告白をしようと思いまして」
正直に話すと、オーウェンは「えっ」と珍しく驚いた様子を見せる。けれどやがて、優しい笑みを浮かべた。
「それは一大事だね。僕は用事を済ませたらすぐに出て行くことにするから、頑張って。後で詳しく教えてね」
「あ、ありがとう。どうしよう緊張してきた……」
「この世で一番成功率が高い告白だと思うけど」
アルヴィンがニナの告白を断るわけがない、不安になる必要なんてないと励まされ、少し元気が出てくる。
「今の私、どこか変じゃない? 大丈夫?」
「うん、すごくかわいいよ」
それでもやはりソワソワしてしまって、恋をすると本当に自分が自分ではなくなるのだと実感する。
髪に触れて整えていると髪飾りが落ちてしまい、床に転がっていく。すぐに拾おうと机の下にしゃがみ込み、手を伸ばした時だった。
ガチャリとドアが開く音がして、足音が室内に響く。
「オーウェン、待たせてすまなかった」
「ううん、楽しく過ごしてたよ」
「この部屋に娯楽なんて何ひとつないはずだが」
どうやらアルヴィン様が戻ってきたらしい。声を聞くだけで、ドキドキが止まらなくなる。
一方、後少しで髪飾りに手が届きそうで、拾った後にアルヴィン様に声をかけようとしたのだけれど。
「それにしても、何だか元気がないね。どうかした?」
「……ニナに嫌われたかもしれない」
髪飾りを指先でなんとか掴むのと同時にアルヴィン様がそんな発言をしたことで、私は机の下から出るタイミングを完全に逃してしまった。
ちらりと見上げれば、深刻な声色のアルヴィン様とは対照的に、オーウェンは今にも吹き出しそうな顔をしていて、必死に堪えている様子だった。
私は今から告白をすると言っていたのに、当のアルヴィン様は嫌われたかもしれないと絶望しているなんて、他人事ならさぞ面白いだろう。
「どうしてそう思うの? 何かしちゃったんだ?」
明らかに面白がっているオーウェンは、私がいると知ってなお、そんな質問をアルヴィン様にぶつけた。
「ようやく心を許してくれたと思ったのに、嫌がるニナを無理やり押さえつけて、好き勝手した」
思わず咳き込みそうになるのを、必死に堪える。オーウェンは予想外だったのか、思い切り噴き出していた。
アルヴィン様と私の中で、昨晩の件の食い違いがとんでもないことになっている。流石にオーウェンもおかしいと思ったのか、フォローに回り始めた。
「でも、本当にニナは嫌がってたのかな? 嫌よ嫌よも好きのうちって言うしさ」
「今朝だって俺の方を見ようともせず、怯えていた」
本当に待ってほしい。私が照れていたのも怯えと捉えていたなんて、アルヴィン様視点がネガティブすぎる。
「……ニナに本当に嫌われていたら、この先どう生きていけばいいのか分からない」
そんな悲痛な声とあまりの誤解に耐えきれなくなった私は、アルヴィン様の名前を呼び、立ち上がった。
「──ニナ?」




