新しい朝 2
まずはディルクの元へ向かうと、彼はこの世の終わりのような酷い顔色で、仕事へ行こうとしていた。
急ぎ回復魔法をかけると、すぐに顔色は良くなる。
「……ありがとう、助かった。本当に助かった」
まるで命を救われたかのようなレベルで感謝をされ、何度も頭を下げるディルクに、つい笑ってしまう。
「すまない、もう二度と酒は飲まないようにする」
「また具合が悪くなったら私が治すから、大丈夫」
「それと、何か変なことを言っていなかっただろうか。記憶がほぼないんだ」
「ううん、変なことなんて言ってなかったよ」
変に色々と説明をしても気にするだけだろうし、ディルクは変なことなんて言っていない。
それからもひたすらに感謝をされ、仕事終わりに私の好物のケーキを買ってくると約束してくれた。
「ニナぁ……俺、死ぬかと思った……ぐす……」
「もう、大袈裟なんだから」
それからすぐにテオの部屋を訪れると「多分俺はもう死ぬんだ」「酒なんてきらい」「つらい」と呟きながらメソメソしており、顔を見るなり縋りつかれた。
けれど回復魔法によって体調が良くなった途端「昨日は楽しかったな!」「次はいつ飲む?」なんて言い出すものだから、テオらしくて再び笑ってしまう。
「ニナちゃあん……遅かったじゃない……私、ずうっと来てくれるの待ってたんだから……うえ……」
中でもラーラは一番具合が悪そうで、ベッドから起き上がることすらできないようだった。本当にみんな、揃いも揃って駄目な大人すぎる。
二日酔いを治した後は「話がしたいから、少し待っていて」と言い、ラーラはバスルームへと向かう。
何の予定もなかった私は、お茶を飲みながら彼女の使い魔のドラゴンちゃんと遊んで待っていたのだけれど。
「ちょ、ちょっと!! 服!! 服を着て!!」
「何よその反応、女同士なんだからいいじゃない」
やがてバスルームから出てきたラーラは、タオル一枚を軽く巻いただけの姿で、私は慌てて両手で顔を覆う。
ラーラはそんな私を見て可笑しそうに笑うと、バスローブを纏い魔法で髪を乾かし、私の隣に腰を下ろした。
髪を下ろしているラーラの姿は新鮮で、少しドキドキしてしまう。やはり圧倒的な美人で、目を奪われる。
「あー、さっぱりした。生き返ったわ、ありがと」
「どういたしまして」
ラーラはメイドを呼んでお茶を淹れさせると、長い足を組み替え、私に向き直った。
「で? 昨晩はどうだったの?」
「ど、どうって……」
「アルヴィンと何かあったんでしょう?」
ずいと距離を詰められ、ふわりとラーラの濃紫の髪が揺れ、シャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。
「どうして分かったの?」
「ニナが朝からそんなにおめかしする理由なんて、それしかないじゃない。本当に可愛いわね」
「うっ……」
ラーラはくすりと笑うと、興味津々という顔で「それで何があったの?」と繰り返す。
恥ずかしさはあったものの、今朝のことも含めて相談をしたかった私は、ラーラに昨晩のことを話し始めた。
「……あらまあ、まあまあまあ! まあ!」
そして大方話し終えた後、ラーラは口元に手をあて、感心したように「まあ」という言葉を繰り返した。
私はというと、あらためて昨日の出来事を言葉にするのは想像以上に恥ずかしく、顔が火照って仕方ない。
「正直、驚いたわ。ちょっとイチャイチャするくらいかと思ったら、まさかした──」
「わああああ! もう言わないで!」
慌ててラーラの口を両手で覆い、大声を上げる。
何もしてくれないのかなんて言い出した私だって、軽く一度するくらいで終わると思っていたのだ。
「でも今日のアルヴィン様、素っ気なかったし……」
「どうせ罪悪感で死にそうになってるんでしょう」
「罪悪感? どうして?」
ラーラは前髪をかき上げ、困惑する私を鼻で笑う。
「考えてもみなさいよ。酒に酔ったニナの言葉を鵜呑みにして、抵抗を無視して好き放題したわけじゃない」
「えっ? 私は少し酔っていたって、本気で──」
「それでも側から見れば、それが事実だもの。やり過ぎたと反省して、ニナに合わせる顔がないんだと思うわ」
「そ、そんな……」
恥ずかしくて息苦しくて、軽くアルヴィン様の胸板を押したり、もうこれ以上はと抵抗したりしたものの、もちろん嫌なんかじゃなかった。
けれど、一人になり冷静になった後にアルヴィン様が反省や後悔をするには、十分だったのかもしれない。
「まあ、あんなにも好きなニナにそう言われて、我慢できるわけがないでしょうし、仕方ないと思うけど」
「…………っ」
アルヴィン様が好きで、近づきたいと思ったことがきっかけで距離ができてしまうなんて、絶対に嫌だった。
「とにかくアルヴィン様に会って、話をしないと」
「そうそう。こんなすれ違い、秒で解決するわよ」
まず、私が心から望んだことだと伝えなければ。そもそもはお酒の力なんかに頼らず、シラフの時に行動を起こすべきだったと反省した。自分の不甲斐なさが憎い。
「でも、ようやくアルヴィンが好きだって自覚できて、良かったじゃない。そんな気はしてたけど」
「……うん。アルヴィン様がいない生活なんて、もう考えられないと思う」
いつだって当たり前のように側にいてくれるアルヴィン様は、気が付けば私の中で大きな存在となっていた。
何より思いを自覚し触れ合ったことで、想いが膨らんでいくのも感じていた。流石にアルヴィン様の重すぎる気持ちに追いつくのは、まだ難しい気がするけれど。
もしもアルヴィン様がいなくなれば寂しくて耐えられないと正直な気持ちを口にすると、ラーラは何故か「悔しい」「私のニナを取られた」と舌打ちをした。
「あーあ、アルヴィンが私達にマウントを取りながら、浮かれる様が目に浮かぶわ。腹立つ」
マウントをとるなんてそんな子どもみたいなこと、するわけが──と否定しようとしたものの、アルヴィン様なら全然やりかねないと思ってしまった。
これまでもテオやディルクと、私に関してだけは子どもみたいなやり取りをしていたことを思い出す。
「それで、ニナが好きだって伝えた時、アルヴィンはどんな反応だったの? やっぱり泣いた?」
「……え」
「変に鈍そうだし、ニナに好かれてるなんて夢にも思ってなかったんじゃないかしら──ってニナ? おーい」
ラーラはこてんと首を傾げ、呆然とする私の顔の前でひらひらと手を振っている。
一方、私はというと、とんでもない事実に気が付き、絶望しながら内心頭を抱えていた。
「……私、アルヴィン様に好きって言ってない……?」




