新しい朝 1
「……あ、あたま……いった……」
ずきずきと痛む頭を抑えながら、目を開ける。すぐに回復魔法をかければ、痛みはすっと引いていった。
だんだん頭がはっきりしてきて、昨晩はラーラ達と遅くまでお酒を飲んだことを思い出す。酔うと記憶がなくなる人もいるらしいけれど、私はしっかり覚えていた。
そして色々と思い出した末、再び布団を被り、叫び出したくなってしまう。
「わ、私……アルヴィン様と……」
ベッドの上で押し倒され、キスをされた。それも一回だけでなく、何度も何度も繰り返された記憶がある。
『ニナ、逃げないで』
『っアルヴィン様、もう……』
数え切れないくらい唇が重なり、最後の方はもう身体に力が入らず、されるがままだった。
熱を帯びたアルヴィン様の瞳や表情が頭から離れず、思わず手足をじたばたとバタつかせる。何事だという顔で近づいてきたシェリルを、私はきつく抱きしめた。
「ど、どうしよう……どうするも何もないけど……」
やはりこれからは、アルヴィン様との関係も変わるのだろうか。もちろん誰かを好きになるのも、キスをするのも初めてだった私は、どんな顔をして顔を合わせれば良いのか分からなくなる。
どうしようもなくドキドキして、落ち着かない。気が付けばふわふわと宙に浮かんでしまいそうだ。
けれどひとつだけ、気になることがあった。
「ねえ、シェリル。アルヴィン様はいつ戻ったの?」
そんな問いを投げ掛ければ、シェリルはこてんと首を傾げる。もちろん答えを期待していた訳ではなく独り言のようなもので、かわいいシェリルを再び抱きしめた。
アルヴィン様はいつもこういう時、私の目が覚めるまで側にいてくれるのだ。だからこそ起きた時に姿がなかったのが、少しだけ寂しいと思ってしまった。
「……本当、甘えすぎてるなあ」
やはり私は自分が思っている以上に、アルヴィン様に甘えきっているのだと実感する。
時計へと視線を向ければ、もう朝食の時間だった。
今日はみんなで集まって朝食をとる日で、支度をして向かわなければと頬を両手で軽く叩く。
それから私は専属のメイドを呼ぶと、いつもよりも丁寧に身支度をしてもらった。
「ニナ様、今日はどこかへお出かけされるんですか?」
「あ、何も予定はないんですけども……」
お気に入りの髪飾りまでつけてもらったことで、メイドにそんなことを尋ねられ、恥ずかしくなる。
アルヴィン様に少しでも可愛いと思って欲しかっただけで、私にもこんな乙女な一面があったのだと知った。
「お、おはよう……って、あれ?」
そうして緊張しながら食堂へと足を踏み入れると、そこにはアルヴィン様とオーウェンの姿しかない。
「おはよう、ニナ。今日はいつも以上にかわいいね」
そう言って微笑むオーウェンにお礼を言い、私はいつも通りアルヴィン様の隣に席に腰を下ろす。
アルヴィン様は「おはよう、ニナ」とだけ言い、食事を持ってくるようメイド達に声をかけた。
「お、おはよう、ございます……」
動揺してしまい、自分でも驚くほど小さな声が出た。
アルヴィン様の顔を見た途端、色々と思い出してしまい顔が熱くなって、隣を見れなくなってしまう。
「ちなみにここにいない三人は、二日酔いが酷くて起き上がれないってさ。そんなに飲んだんだ?」
「うわあ……朝食後に回復魔法をかけにいかないと」
オーウェンによると、テオの部屋からはすすり泣くような声が聞こえてきたという。ダメな大人すぎる。
早めに食べ終え、苦しんでいるであろう三人の元に行こうと決めて両手を合わせ、食事を始めた。
「…………」
「…………」
「…………」
それからは驚くほど静かな中、食事をした。アルヴィン様が、何も言葉を発さないのだ。普段とは別人で、何かしてしまっただろうかと不安になるくらいには。
そして私も、自分からアルヴィン様に話しかけるどころか、彼の方を向くことすらできないまま。
オーウェンもアルヴィン様と私の様子の変化に気が付いたようで、含みのある笑みを浮かべた。
「あーあ、昨晩は僕も参加したかったな。ニナは酒を飲むのは初めてだったんだよね?」
「うん。思ったよりも酔ったけど、楽しかったよ」
オーウェンは仕事で参加できなかったことを残念がっているようで、今度は全員で飲もうと約束する。
「酔ったニナ、見たかったな。可愛いだろうし」
「ううん。ディルクの方が絶対にかわいい」
顔には酔いが出ていないのに「ん」しか言わないディルクの姿を思い出し、つい笑みがこぼれた。
その後もアルヴィン様は喋らないままで、もやもやとした気持ちや不安で胸がいっぱいになる。もしかすると寝落ちする直前、何かやらかしてしまったのだらうか。
結局料理も、あまり食べることができなかった。
一応食事を終え、アルヴィン様は今何を考えているんだろうと悲しさを感じながら、食堂を出ようとする。
すると「ニナ」と名前を呼ばれ、足を止めた。
「本当に、ごめん」
振り返った先にいたアルヴィン様はそれだけ呟き、私の隣をすり抜け、廊下を歩いていく。
ひとり残された私はその場に立ち尽くし、小さくなっていくその背中を見つめることしかできずにいる。
「なんで……」
今のは一体、何に対する謝罪なのだろう。アルヴィン様に何か嫌なことをされた記憶なんて、一切ない。
けれど今すぐに追いかける勇気も出ず、胸が痛むのを感じながら、私も重い足取りで食堂を後にした。




