過去とこれからと 4
「あら、そうなの? そんな話、私は聞いてないし詳しく聞かせなさいよ」
興味津々といった様子でラーラはシャンパンボトル片手に、ディルクの隣へと移動する。
私はどう反応すれば良いのか分からず、余計なことを言ったテオの頬をつねることしかできずにいる。
やがてラーラによってなみなみに注がれたシャンパングラス片手に、ディルクは口を開いた。
「いろいろあって、アルヴィンとけっとうした」
「えっ……決闘……!?」
誰も知らなかったのだろう、ディルクの言葉に私だけでなくラーラとテオも息を呑んだのが分かった。
貴族はもちろん、騎士であるディルクにとって決闘というのは、名誉だけでなく全てをかけた闘いのはず。
余程のことがない限り、行われるものではない。だからこそ、どうして二人が決闘をするまでに至ったのか分からなかった。
「アルヴィンに聞きたいことがあったんだ。だが、こたえてくれなかったから、けっとうを申しこんだ」
酔いのせいで舌足らずな口調で、ディルクは続ける。
「嘘だろ? 決闘までして聞きたいことって何だよ」
「…………べつに、大したことじゃない」
「ディルクって世界一嘘が下手よね」
呆れたように肩を竦めるラーラの言う通り、ディルクは本当に嘘が下手だと思う。決闘までして尋ねるようなものが、大したことじゃない訳がなかった。
「で、結果は?」
「おれが勝った。剣のみだったから」
魔法を使えばアルヴィン様が勝っていた可能性もあるけれど、剣のみでの勝負となると、やはり最年少で騎士団長にまで上り詰めたディルクが優勢に違いない。
アルヴィン様だって、不利であることは最初から分かっていたはず。それでもディルクの真剣な決闘の申し込みを断ることなど、できなかったのだろう。
「良かったじゃん」
「……それでも、あいつにはかなわないと思った」
ディルクはそう言うと、片手で目元を覆った。その様子からは、悔しさというよりも悲しさが感じられる。
──二人の間に何があったのか、気にならないはずがなかった。けれど、決して私達には教えてくれないだろうということも、ディルクの様子から分かっていた。
「アルヴィンに脅されでもしたわけ?」
「いや、ちがう。俺は、いくじのない人間なんだ」
ディルクのこんなにも思い詰めたような、自分を責めるような様子を見るのは初めてだった。どんな言葉をかけるのが正解なのか分からず、手のひらを握りしめる。
やがてディルクは顔を上げると、私を見つめた。
「ニナ、アルヴィンを頼む」
オーウェンに続いてディルクまで、どうして突然そんなことを言うのだろう。
アルヴィン様の身に何かが起きているのかもしれないと思うと、言いようのない濃い不安が広がっていく。
「……うん、分かった」
何も知らない自分にもどかしさや少しの寂しさを覚えながらも、ディルクの目を見つめ返して頷いた。
アルヴィン様も二人も、私が知るべきことではないと判断したからこそ、私に話していないのだから。
私にできるのは無理に聞き出すことではなく、二人の言う通り、側で見守ることなのだろう。
一方、お酒を飲みながら話を聞いていたラーラは「ふうん」と呟くと、ディルクの背中を思い切り叩いた。
「お前も十分良い男よ。自信持ちなさい」
「…………」
「この私を信じられないの? ねえ、ニナ」
「もちろん! ディルクは本当に素敵な人だよ!」
すぐに頷けば、ディルクは困ったように微笑んだ。
「……俺の気持ちは、迷惑ではなかっただろうか」
「そんなこと、あるわけない! ……ディルクに好きって言ってもらえて、すごく、すごく嬉しかった」
──ディルクのように優しくて素敵な人が私を好いてくれて、本当に嬉しかった。
同じ気持ちを返すことはできなかったけれど、私はディルクという人が大好きで、誰よりも尊敬している。
やがてディルクは「そうか」と言って笑うと、先程から溢れ続けて大分中身が減ったグラスに口をつけた。
「まあアルヴィンには敵わない、って気持ちになるのも分かるわ。本当に色々とおかしいもの、異常よ」
「それもう悪口じゃん。あいつはおかしいけどさ」
「褒めてるのよ。とにかくアルヴィンは殺しても死なないだろうし、ニナもあまり暗い顔をしないの」
ラーラは私の様子に気が付いていたようで、優しい笑みを向けてくれる。
彼女の言う通り、アルヴィン様は誰よりもすごい魔法使いなのだから大丈夫だと、自分に言い聞かせた。
そんな私に、ラーラは「ニナだってそうよ」と笑う。
「えっ、私?」
「ニナには敵わないって思うことがあるもの。さっきの話じゃないけど、他人のためにそこまで頑張れないわ」
ラーラの言葉に、ディルクもテオも頷く。
「ニナはがんばりすぎだ。肩の力をぬいていい」
「おう。俺ら全員でお前のことを養ったっていいしな」
「そうよそうよ、私と気楽に遊びましょう」
「俺達、もっとニナに頼られて甘えられたいんだ」
3人の優しい言葉に、視界がぼやけていく。
──私は多分、誰かに甘えることが上手くない。甘えても良いような相手がずっと、いなかったから。
けれど、今は違う。むしろ甘えないと心配をかけてしまうくらい、私を大切に思ってくれる人達がいる。そしてそれがどんなに幸せなことなのかも、分かっていた。
「みんな、本当にありがとう……わ、私、この世界に来て、頑張って、みんなと仲良くなれてよかった」
お酒が入っているせいか、目からはぽろぽろと涙がこぼれてくる。私を見てテオは「子どもみてえ」と笑いながら、よしよしと頭を撫でてくれた。
私にとっての居場所はこの世界で、みんなの側なのだと実感する。そしてもう一度、この世界に来ることができて良かったと、改めて心の底から思った。
それからも四人で語り合いながら、気が付けば少しだけと言っていた私もかなりの量を飲んでしまっていた。
ラーラとテオはまだまだ元気らしく、メイド達に更にお酒を持って来させている。ディルクは完全に酔い潰れており、ラーラのベッドで心地よさそうに眠っていた。
私もまた瞼が重くなってきて、ソファの背にぼふりと体重を預け、目を閉じる。
「──ニナ?」
そうして幸せな気持ちで微睡んでいると、やがてアルヴィン様の優しい声が耳に届いた。




