若い二人、深夜の森にて
「…………はあ」
その日の晩、私はポーションの元となる液体が入った大きな鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、溜め息を吐き続けていた。
私はアルヴィン様に、何をしてしまったのだろう。いくら考えても分からない。最後の会話は、殺された日の夜に二人きりで話をしたいと言われただけなのだから。
とにかくこの問題に関しては色々と調べてみようと決め、鍋に手のひらをかざし、魔力を込める。
「うーん、やっぱり質の悪い薬草で中級ポーションを作ろうとすると、色が抜けちゃうな」
完成したポーションは、綺麗な透明になっていた。私の持つ聖女の魔力を多く込め、無理やり質を上げようとすると、本来は緑色のものが透明になってしまうのだ。
こんなものが市場に出回れば、身バレ確実である。
この辺りで採れる薬草は沢山生えている代わりに、質が良くない。思い返せばラスボスである魔王がいる付近には、かなり良い薬草が生えていた記憶がある。非常にゲーム感、ご都合主義感があって良い。
──先日、ブルーノから『今の質の初級ポーションなら、このペースだとそのうち売れなくなるぞ』と言われたことを思い出す。
ある程度質を落として作ったものだと、他の光魔法使いも作れるからだろう。その上、私が毎週大量に売り飛ばしているせいで、価格は下がっていく一方らしい。
『お前、もっと良いの作れそうじゃん? 俺がうまく流してやるから、そっちを作った方がいい』
そう言ってくれたブルーノを信じ、今後は中級以上を作ろうと決めたけれど、色の問題が起きてしまった。
やはり、世の中はそんなに甘くないのだろう。この場所を拠点に中級以上のポーションを大量に作るとなると、薬草を育てるところから始める必要が出てくる。
家を買ったあとは畑を作ることも予定しているけれど、時間はかかるし、まだまだ先の話だ。
そして良い薬草は買うとかなり高いため、できるのなら他に方法を探したい。
「……ミシアム草?」
その後、何か方法はないかと先日買ってきた本をひたすらに読んでいたところ、ポーションの色味と同じ色を出せる草があることが分かった。
昔はこの草を使い、水に色をつけただけのような粗悪品のポーションが出回る事件もあったらしい。
つまり透明になってしまった中級ポーションにミシアム草を後入れすれば、誤魔化せるかもしれない。身体に害などは一切ないようだし、もちろん私が作れば品質に問題はないどころか良いくらいだろう。
オーウェンがポーションの鑑定をしているところを見たことがあるけれど、成分までは分かっていなかったはず。世の中はまだまだ甘い可能性が出てきた。
ミシアム草は夜に緑色に光るらしく、この時間帯が一番見つけやすいようで、私は早速上着を羽織りカゴを手に持つと、薬草を取りに森へと向かった。
◇◇◇
「浄化」
わらわらと集まってくるGランク、Eランクの魔物を片手で倒しながら、ひたすらにミシアム草を引っこ抜いては籠に詰め込んでいく。
思ったよりもたくさん見つかり、このまま稼がせてと祈りながら森の奥へと進んでいく。今の目標はジョーンズさんの家の隣の、大きな空き家を買うことなのだ。
ちなみに魔物のランクはSランクからFランクまで分類されており、私一人ならBランクくらいまではなんとかできる。それ以上になると、仲間の助けが必要だ。
「……あれ?」
そうしてひたすら突き進んだ先に、なんと聖女とテオの姿を見つけた。こそこそと何やら会話をしている。
どうして二人がこんなところにいるのだろう。草木と魔物しかいないこの森の奥に、それもこんな時間に用事など普通はないはずだ。
「はっ、まさか……!」
そこで珍しく、私の女の勘が冴えわたる。テオも19歳のお年頃で、聖女だって同い年くらいだったはず。
そんな若い二人が森の奥ですることなど、逢瀬しかないだろう。立場上、色々とあるのかもしれない。
邪魔をしてはいけないと思い、ほっこりした気持ちで二人に背を向けた時だった。
「ほら、出てきたぞ! さっさとやれよ」
「で、できませんってばー! キャー!」
「…………?」
想像していたような甘い雰囲気には似つかわしくない声が聞こえてきて、つい振り返る。どうやら二人の前に、魔物が現れたようだった。
この森に出るのはほとんどがGからEランクといった弱い魔物のため、何の問題もないはず。テオが一瞬で倒して終わりだろう、と思ったのだけれど。
何故か彼はGランクのスライムに向かって、嫌がる聖女をぐいぐいと押し付けていた。
「ディルクも習うより慣れろって言ってただろ? 1日1匹がノルマって言われてんだ、さっさと倒せよ。光出して当てるだけだろ」
「い、一度もまともにできたことないんですよ! む、むむ無理です! キャー! こわい!」
聖女は半泣きで、テオの腕にしがみついている。
なんだか、見てはいけないものを見てしまった気がしてならない。もしかすると今代の聖女は、魔法を上手く扱えないのかもしれない。昼間、ポーションで傷を治していたことにも納得がいく。
聖女は治癒魔法で皆の怪我や病気を治すだけでなく、魔物を浄化して倒すのも役割のうちなのだ。彼女がこの世界に来てから、既に三ヶ月が経つと聞いている。ここまで何も出来ないとなると、かなりまずい気がする。
「お前が何とかならないと、教育係の俺までオーウェンに怒られるんだよ! いい加減頼むって」
オーウェンが怒っているところは何度か見たことがあるけれど、圧が凄すぎてかなり怖かった記憶がある。
テオも絶対にそれは避けたいようで、必死に聖女に訴えかけていた。そもそも聖女が使う聖魔法というのは特殊で、他の魔法とは感覚が違う。
私も誰かに教えてもらうのではなく、ひたすら実技練習をして努力を重ね、使いこなせるようになったのだ。ある意味、習うより慣れろというのは正しい。
「……わ、わかりました! やってみます」
「おう。頼むぞ」
「え、えい! こうかな……?」
テオの気持ちが通じたのか、ずっと逃げ惑っていた聖女もようやく足を止め、スライムに向き直る。
大きな目に涙を溜めて両手をかざし、やがて生まれたぽわんとした淡い光は、魔物にぽわんと当たる。
その瞬間、スライムの大きさが10倍になった。
「あ、あれ……?」
「このバカ! 敵に強化魔法かけてどうするんだよ! 俺もう、お前の教育係辞めたいんだけど!」
「キャー! ごめんなさーい!」
「…………」
私は何故こんな森の奥で、笑えないコントを見せられているのだろう。
「──ニナは、あんなにすごかったのに」
とにかく見なかったことにしようと、再びそっと立ち去ろうとした瞬間、不意にテオの口から自分の名前が出てきたことで、どきりとしてしまう。
テオもたまに私のことを思い出してくれているのだろうか、と胸を打たれつつ、どうか投獄には気をつけて欲しいと思っていた時だった。
二人の後ろの木から、するりと顔を出す毒を持つ蛇型の魔物の姿が見えたのだ。Eランクで強さは大したことがないものの、スピードが速く毒もかなり厄介なはず。
間違いなく魔物は、聖女を狙っている。けれど泣きだしてしまった彼女も慌てたように慰めるテオも、十倍になったスライムの影になっていて気付いていない。
テオの強さは相当なものだけれど、昔から注意力が散漫なところがあるのだ。
「……っ!」
二人が気づくよう石でも投げようかと考えた時にはもう遅く、魔物は大きく口を開け聖女へと向かっていく。噛まれてしまっては、聖女にはきっと治す力はない。
見過ごせるはずもなく、私はすぐさま両手を向けた。