過去とこれからと 3
「あの頃のニナは無理をしすぎて、今にも死んでしまいそうだったからな。目が離せなかった」
「そうそう、アルヴィンみたいに危なっかしくてさ」
「そ、その節は皆様に色々とご迷惑を……」
当時、ディルクが初めて私に手を貸してくれたのも、そんな理由からだった。
確かにエリカがあの頃の私と同じことをしていたら、すぐさま止める自信がある。必死だったとは言え、心配をかけてしまって申し訳なくなった。
「でも、本当にすげえよ。ニナはすげー頑張り屋だ」
「……私ね、みんなが仲良くしてくれて、助けてくれて本当に嬉しかったんだ。どうもありがとう」
「お前、いい奴なの顔に出てたしな。当たり前だろ」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、みんなと友達になれて本当に良かったとあらためて思っていると、向かいに座るラーラが「ちょっとお」と不機嫌な声を漏らした。
「その話題、私が気まずくなるんだけど」
「それに比べてラーラってほんと嫌なやつだったよな、って痛え! 叩くなよ、事実だろ!」
「お黙り」
ラーラとテオのやりとりに、笑みがこぼれる。こうして今、笑い話にできるようになったのも嬉しかった。
「でも、ラーラって面倒見が良いよね。ラーラのお蔭で色々な魔法を使えるようになったし」
「でしょう? まあ、ニナは頑張っていたしね。この私が認めざるを得ないくらいには」
「本当にありがとう。エリカにも教えてあげてね」
「……気が向いたらね」
ラーラはふん、と言ってそっぽを向いたものの、最近ではエリカを認め始めていることにも気が付いていた。
たまに素直じゃないけれど、ラーラは本当は優しくて面倒見が良い、素敵なお姉さんなのだから。
「それにしても、ニナの後半の成長やばかったよな」
「ああ。魔王討伐の時には本当に頼りになった」
「そう? 全然弱らなくて、ずっと変な汗かいてたよ」
「私、途中で抜け出そうかと思ってたわ」
ラスボスである魔王との戦いは、半日以上続いた。もう体力も魔力も限界で、本っ当に辛かった記憶がある。
──アルヴィン様、ディルク、テオ、オーウェン、ラーラ、そして私。誰か一人でも欠けていれば、間違いなく倒せなかっただろう。
あの時の達成感と、これで誰も傷付かずに済むという安心感を、私は一生忘れることはないだろう。
それからもみんなハイペースでお酒を飲み続け、どんどん空のボトルが増えていく。
「ほらあ、酒もっと持ってきなさいよぉ! ぜーんぶアルヴィンのせいにしていいから!」
「この城の酒、全部飲み尽くしてやろうぜ」
「もう、二人とも落ち着いて」
テオとラーラは明らかに酔っている。ラーラは空き瓶を振り回したり男性の使用人に悪絡みしたり、ディルクを椅子にしたりと、やりたい放題していた。
一方、テオはぴょんぴょんと兎のように部屋中を駆け回り飛び跳ね、時折ラーラの部屋の一部を壊していた。
とは言え、これまで私がお酒を飲まなかっただけで飲みの場にいたことはあるため、今更驚きはしない。
そんな私はスローペースで飲んでいたものの、時間が経つにつれて、ふわふわする感覚を覚えていた。
「ディルクもラーラに怒っていいからね」
「ん」
「……もしかして、ディルクも酔ってる?」
「すこし」
「えっ、大丈夫?」
「ん」
見た目はいつも通り爽やかだから全く気が付かなかったけれど、どうやらディルクも酔っていたらしい。
ディルクの周りには信じられない量の空き瓶が転がっていて、いくらお酒に強くてもこれは酔って当然だ。
「みんな飲み過ぎだよ。ほら、お水飲んで」
「ん」
「ディルク、子どもみたい」
「……ん」
私はディルクに水を飲ませた後、テオとラーラにも水を飲むよう勧めたけれど、二人は「こんなの水だ」なんて言ってお酒を飲み続けている。ダメな大人すぎる。
再びディルクにお酒を飲ませようとするのを止めていると、テオは私とディルクを見比べ、口を開いた。
「ディルクって、いつからニナが好きだったんだ?」
「げほ、ごほっ」
「大丈夫!? ち、ちょっとテオ、何言ってるの!」
テオの唐突すぎる問いに、水を飲んでいたディルクが思い切り咳き込む。本当にいい加減にしてほしい。
「こないだもうニナのことは諦める、気持ちの整理ができたって言ってたし、いいかなって思ってさ」
「えっ?」
「…………」
戸惑いながら視線を向ければ、ディルクは長い睫毛を伏せ否定もしないまま、口を閉ざしていた。




