過去とこれからと 2
「でも僕はニナが元の世界に戻ってしまった後、仕方がないことだってすんなり気持ちの整理ができたんだ。アルヴィンとは違ってね」
「そうなの?」
「うん、だからアルヴィンは本当にすごいよ。すごいを通り越して、どうかしてるとすら思う」
呆れたように肩を竦め、オーウェンは続ける。
「二度と会えないかもしれない異世界の女の子をずっと好きでいるなんて、普通は絶対にできないから」
「……うん」
あらためて「一日たりとも私を忘れたことはなかった」というアルヴィン様の愛情の重さを、実感する。
最初は物騒な言葉も飛び出す彼からの好意に対し「えっ、こわ……」と戸惑っていたのに、今では「嬉しい」と感じていて、同時に自分自身の変化に驚きもした。
「それに、ニナが僕を好きになることはないって、心のどこかでは分かってたからね」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく。でも僕の勘は当たるんだ」
オーウェンはそう言って笑うと、テーブルに片肘をつき、私の顔をじっと見つめる。
「どう? 僕がニナを好きだったって知った感想は?」
「う、嬉しいのと恐れ多いのと驚きって感じで……」
「あはは、いいね。満足したよ」
よく分からないけれど、満足いただけたらしい。
私はいつの間にか温くなっていた紅茶を魔法で温め直すと、一口飲み、ほっと息を吐いた。
「僕もかなり好物件だと思うんだけど、アルヴィンには勝てる気がしないし、これからは応援しようと思って」
「応援? 何の?」
「アルヴィンとニナの仲をだよ」
「げほっ、ごほっ……ど、どうしたの、急に」
予想外の言葉に、思わず再び口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
再会した後、アルヴィン様には存在を知られない方がいいと言っていたくらいだし、余計に驚いてしまう。
「健気なアルヴィンを応援したくなって」
「…………」
「今日、僕に告白されたって言ってもいいよ。嫉妬するアルヴィンが目に浮かぶな」
「普通に面白がってない?」
「あはは、半分くらいは。……でも、ニナだって今はアルヴィンに対して、満更でもないよね?」
「…………っ」
私の心の中を見透かしたような真紅の瞳に、どきりとしてしまう。オーウェンは満足げな表情を浮かべると、私の頭をよしよしと撫でた。
「ねえニナ、アルヴィンをよく見ていてあげてね」
「よく見るって、どういうこと?」
「とにかく側で見守ってあげて。頼むよ」
「分かった、けど……」
そう言って笑ったオーウェンは少し悲しげに見えて、またひとつ、胸の中に違和感が積み重なった気がした。
◇◇◇
その日の夜、夕食を終えて自室でシェリルとごろごろしていると、ラーラがやってきた。
彼女の手にはお高そうなワインボトルがあり、どうやら飲みの誘いらしい。
「ニーナちゃん! そろそろ一緒に飲まない?」
「じゃあ、少しだけお邪魔しようかな? お酒を飲むのは初めてだから、お手柔らかにお願いします」
「そうこなくっちゃ! ふふ、ラーラお姉さんがついているから安心して飲みなさい!」
ラーラお姉さんがいるからこそ安心できないのだという言葉を喉元で飲み込み、頷く。
嬉しそうに笑うとラーラは私と肩をがっしり組み、そのまま部屋を出ていく。シェリルにもついておいでと声をかけ、私達はラーラの部屋へと向かった。
王城内にある彼女の部屋は、王族かと突っ込みたくなるくらい豪華でギラギラしていて、すごく眩しい。
「おっ、ニナが来るの初めてじゃね?」
「珍しいな」
そこには既に、テオとディルクの姿もあった。本当は全員で集まりたかったものの、アルヴィン様とオーウェンは仕事で来られなかったらしい。
「アルヴィンにはニナを誘うなんて言ってないから、暇でも断ったに決まってるわ。そのうちニナもいるって報告がいって、勝手に来るでしょう。さ、飲むわよー!」
アルヴィン様が知らないとはいえ、王城内だしみんなと一緒だから、きっと大丈夫だろう。それにラーラの言う通り、私の護衛から報告がいくはず。
「わあ、すごい量だね! これ全部飲み切れるの?」
「もちろん。ディルクとか水みたいに飲むからな」
「大袈裟だ」
「ふふ、それは楽しみ」
既にテーブルの上には様々なお酒やおつまみがずらりと並んでいて、ちょっとしたパーティみたいだ。
私は結局、未だにお酒を飲んだことがなかった。この世界ではOKでも、日本の法律的にはまだまだお酒が飲めないため、なんとなく罪悪感があったのだ。
けれどもう元の世界には帰りたくない、この世界にずっといたいという気持ちが強くなったせいか、そろそろ飲んでみようと思っていた。
「それじゃ、ニナの初めてのお酒に乾杯〜!」
「乾杯!」
みんなとグラスを合わせ、ドキドキしながら真っ赤なワインの入ったグラスに口をつける。アルコールの香りだけで酔ってしまいそうと思いながら、口内に含んだ。
「ニナ、どうだ? 初めての酒は」
「す、すごく……お、大人の味がする……」
「ははっ、不味かったか。顔に出すぎだろ」
正直なところ、美味しいとは思えなかった。もっとジュースのようなものを想像しており、舌に残るわずかな苦みを消すために、近くにあったフルーツをつまむ。
「ニナはまだまだガキだな」
「……テオに言われると、なんかすごく悔しい」
「次はこっちを飲んでみるといい、飲みやすいはずだ」
「ありがとう、ディルク」
ディルクが差し出しくれたグラスの中身は、甘い果実酒を水で割ったものらしく、とても飲みやすい。むしろ美味しくて、あっという間に全て飲み干してしまった。
「あらニナ、なかなかいけるじゃない」
「うん。これなら美味しいし、いけそう」
それからはちびちびとお酒を飲みながら、みんなでのんびりと他愛のない話をした。
テオの高ランクの魔物をかっこよく倒したという武勇伝や、ディルクの騎士団での話、ラーラの男性関係の話など話題は尽きず、どんどん場は盛り上がってく。
「そういやエリカに昔の話、したんだろ?」
「あ、テオも聞いたんだ」
「ああ。ニナはすごいって泣きながら話してたぞ」
そして話題はまたもや、私達の過去の話になった。
「あの頃のニナ、相当やばかったよな。俺、ちょっと怖かったもん。こいつ大丈夫か?って」
「褒め方、他になかったの?」
「自分には関係ない世界とか人間のために、よくこんな頑張れるよなって誰だって思うだろ」
「ああ」
テオの言葉に、ディルクも深く頷いている。
来月中に完結予定です。最後までお付き合い、どうぞよろしくお願いいたします……!(^人^)




