過去とこれからと 1
タイトル変更しました(10/27)
上手く言葉にできないけれど、アルヴィン様がそう思えるようになったのは、きっと奇跡みたいなことで。
私がきっかけでアルヴィン様の世界が良い方向に変わったのなら、それ以上に嬉しいことはなかった。
「俺はニナが何よりも大切で、好きなんだ。ニナのためならどんなことだってできるし、全てをあげられる」
私は多分、アルヴィン様からの愛情の深さを図りかねていた。これが「無償の愛」というものなのかもしれないと思うくらい、まっすぐな愛情が伝わってくる。
母が亡くなってからというもの、誰かからこれほど深い愛情を向けられたことがなかった私は、心が温かくなり満たされていくのを感じていた。
そして私もまた、そんなアルヴィン様のことを大切にしていきたいと強く思った。
「こ、こちらこそ、ありがとうございます。アルヴィン様にそう言ってもらえて、すごく、すごく嬉しいです」
「本当に? 迷惑じゃないなら良かった」
ありきたりな言葉しか伝えられず、もどかしくなる私を見て笑うアルヴィン様に、また心臓が跳ねる。
けれど同時に、少しの不安や違和感を覚えていた。
いつの間にか繋がれていた温かな手を握り返し、私はじっと彼の目を見つめ、口を開く。
「それと、私はアルヴィン様と一緒がいいです。この先もアルヴィン様と、生きていきたい」
──どうして「一緒に生きていきたい」と言ってくれないのだろう。そんな疑問が浮かび、消えない。
きっと言葉にしていないだけだと分かっていても、まるで私の未来にアルヴィン様はいないと考えているように思えて、胸騒ぎがしてしまう。
やがてアルヴィン様は眉尻を下げて笑うと「ありがとう」と言って、私を抱き寄せた。
「ごめんね。……俺も本当は、そう思ってるよ」
謝罪の意味も「本当は」という言葉の意味も分からないけれど、同意してくれたことにひとまずほっとする。
それからはきつくきつく抱きしめられたことで、私の心臓は大きな音を立て、早鐘を打ち続けていく。
「と、とりあえずアルヴィン様はもっと、食事や睡眠に気を遣ってください。いい加減だと聞きました」
「ははっ、そうだね。毎食ニナが一緒に食べてくれて、毎晩ニナが一緒に眠ってくれたら解決すると思うな」
「……もう」
軽く睨んだ後、顔を見合わせて笑い合う。
──この胸の中いっぱいに広がるこの温かくて落ち着かない気持ちの名前も、もうすぐ分かる気がした。
◇◇◇
「この間、エリカに昔の話をしたんだって? やっぱりオーウェンさんは昔から良い人だったんですね、なんて言われて調子が狂ったよ」
「事実、オーウェンは良い人だもの」
「そんなことないのになあ」
数日後、魔法塔へと呼び出されていた私は、オーウェンと共にお茶をしていた。
最近ではこうしてお茶友達として、お喋りをすることも珍しくない。テオやラーラが一緒のこともあった。
「私は最初からずっとオーウェンを頼りにしていたし、すごく救われたから。本当にありがとう」
「それは良かった、下心もあったけどね」
「はいはい」
優雅な手つきで紅茶を飲みながら、オーウェンはそんなことを恥ずかしげもなく言ってのける。
それもいつも通りで、私もいつものようにティーカップ片手に「冗談ばかり言わないの」と言ったのに。
「冗談じゃなかったよ」
「……え」
「僕はちゃんとニナのこと、好きだった」
突然そんなことを言われ、動揺した私は思わず熱い紅茶を辺りに撒き散らしそうになった。待ってほしい。
顔を上げれば、深紅の瞳と視線が絡む。その真剣な眼差しに「冗談はやめて」なんて、言えそうになかった。
オーウェンはよく嘘や冗談を言うけれど、優しい彼は必ず本気でないと分かるようにするのだ。
だからこそ、今の彼の言葉に偽りがないことはすぐに分かった。私はひとまずソーサーにティーカップを静かに置くと、一息ついてオーウェンを見上げる。
「本当に全く気が付いてなかったんだ。流石だね」
彼はふっと口元を緩め、前髪をかき上げた。たったそれだけの仕草で、とんでもない色気が漂っている。
「い、いつからいつまで……?」
「最初から可愛いな、好ましいなとは思ってたけどね。はっきり自覚したのはアルヴィンがニナを好きになった頃かな、あれは結構焦ったよ」
つまり一度目の半ばくらいからだろう。もちろん私は全く気が付いていなかったし、時折の口説き文句も女好きである彼の挨拶くらいにしか思っていなかった。
「何よりあのアルヴィンを変えたことにも、グッときたんだよね。それで惚れ直したのもあるかも」
「ほ、惚れ……」
過去のことだとしても、面と向かってはっきりとそう言われると、流石に照れてしまう。
「あの辺りから結構、ニナへの態度を変えたつもりだったんだけど、それも全く気付かなかった?」
「うん。ただ西の塔のダンジョンに飛ばされた後、みんな心配してくれたせいか、過保護になったなあと……」
「ああ、テオはそうだったね。しかも僕だけじゃなくてディルクも焦ったのか、態度が変わったから。ニナからすれば、みんなが急に優しくなったくらいだったんだ」
僕達、滑稽すぎない? なんて言ってオーウェンはおかしそうに笑ったものの、私は反応に困っていた。
ディルクからは告白をされてその気持ちを知ることとなったけれど、やはりオーウェンが真剣に私を好いてくれていたというのは、かなりの衝撃だったからだ。




