世界の終わりは君と 3
俺の問いに、聖女は「はい」とはっきり答えた。
まだ解呪魔法を学んでいない彼女は、呪いを浄化するため、自身の魔力を俺に供給しているのだろう。
その結果、俺は意識を取り戻すまで回復したのだ。
「……な、んで」
それから少しの沈黙の後、俺の口からこぼれ落ちたのはそんな言葉だった。
──理解、できなかった。できるはずがなかった。
「何故、そんなことをした」
目の前の聖女は、馬鹿ではない。勝手に彼女の話をしてくるオーウェン達のせいで、それは分かっていた。
だからこそ、彼女はこの状況で俺に魔力供給をするのがどれほど危険かということも、理解していたはず。
「俺が死ねばお前も死ぬと、分かっていたんだろう」
「はい」
俺は全身の怪我と強い呪いにより、今すぐに死んでもおかしくない状況だったのだ。
意識を失う瞬間には、明確に「死」を意識した。
彼女がそんな俺を命掛けで救おうとする理由なんて、分かるはずがない。それなのに、彼女はまるで何のことはないように頷いてみせる。
「……それなら、なぜ」
再び、同じような問いが口をついて出た。
──これまで、報酬を望める場は多々あった。聖女というのは存在するだけで価値があり、彼女が望みさえすれば、我が国はなんだって用意してみせるだろう。
それでも彼女が何も望まないことは知っていた。俺を救い、富を得たいという訳ではないはず。
『俺に関わらないでくれないか』
何より俺は今まで、彼女に対して心無い態度を取り続けていたのだ。会話をしたことだって、ほとんどない。
だからこそ、何故これまで自身を冷遇してきた相手なんかに命を懸けられるのか、理解できなかった。
『っ私じゃなくて、あいつを殺しなさいよ……!』
──血を分けた人間ですら、簡単に見捨てるのに。
「私、アルヴィン様とまだ、仲良くなっていないので」
やがて彼女は困ったようにへらりと微笑み、そう言ってのけた。なんてくだらない理由だと、呆れてしまう。
だが、彼女にとっては本当にそれが全てなのだろう。
「……っ、う……」
大量の魔力供給と俺の呪いの影響を受け、息も絶え絶えで、彼女の方も限界が近いことが窺える。
それでも尚、彼女は必死に笑みを作ってみせる。その全てが理解できない中、心臓が早鐘を打ち始めていく。
「……俺の巻き添えになって、死ぬつもりなのか」
「まだ、死にたくはないですよ。やりたいことも、たくさん、ありますし……生きたい、です」
今は意識が回復したとは言え、まだ呪いは根強く体内に残っていた。今後再び悪化して命を落とす可能性だってあることも、きっと彼女は分かっているはず。
それなのに。
「でも、死ぬときは、一緒です」
はっと顔を上げた俺の手を握りしめ、彼女は続ける。
「私は絶対に、アルヴィン様を、見捨てません」
そう告げられた瞬間、心底泣きたくなった。
どうしようもなく嬉しくて、彼女の笑顔があまりにも眩しくて、繋がれた手が温かくて、視界が揺れる。
きっとそれは、俺がずっと欲しかった言葉だった。
同時に、私「は」という言葉から、彼女は先ほど俺の過去を見たのだと、ようやく気が付いた。
魔力共有は何もかもを共有するため、記憶や感情を共有することがあるというのは、聞いたことがあった。
「俺が、可哀想だから?」
「その気持ちが、ないと言えば、嘘になります。でも、それだけじゃありません」
──母が死んだあの日から、俺自身いつ死んでもいいと思って生きてきた。
目の前で息絶えている魔物に一人で挑んだ際も、倒せるかどうかは賭けだった。
今すぐ倒さずとも良いことだって、分かっていた。それでも俺は、迷わず剣を抜いた。
俺はきっと「正当な死ぬ理由」が欲しかったのかもしれないと、今更になって気が付く。
だからこそ、繋がれたこの手を今すぐ離して死んだとしても、良かったはずだった。
こんな形で他人に命を救われるなんて、一番望んでいないことだった、はずなのに。
「だから、一緒に頑張りましょう」
きっと彼女は、俺でなくても同じことをした。俺が「特別」じゃないことだって、もちろん分かっている。
それでも、この温かい手を離したくないと思った。彼女のことをもっと知りたいと、思ってしまった。
「アルヴィン様」
彼女のことなんて、名前以外は何も知らない。
それなのに、ニナは俺を裏切らない、俺と一緒に死んでくれる人間なのだと、期待してしまったのだ。
「……俺を、見捨てない?」
「はい」
声が、手が、震える。
「本当に、俺と一緒に、死んでくれる?」
「はい。約束します」
迷いのない言葉と笑顔に、胸が締め付けられる。
俺はひどく愚かで自分勝手で、これまで彼女にしてきたことを思うと、都合が良すぎるという自覚もあった。
「……ありが、とう」
それでも、もう少しだけ生きて彼女のことを知って、いつか彼女と一緒に死ねたらいいなと、思った。




