世界の終わりは君と 1
「っアルヴィン様!」
慌ててアルヴィン様の元へ駆け寄った私は、あまりの酷い怪我に言葉を失った。地面に広がる血溜まりは魔物だけでなく、彼のものでもあったのだ。
全身傷だらけで、お腹には深く抉れた大きな傷まであって、まだ息があるのが不思議なほどだった。
「回復──!」
私はすぐに治癒魔法をかけ、同時にポシェットの中に入っていた上級ポーションを彼の口から流し込む。
「どうしてアルヴィン様が、こんな……」
もしかするとあの瞬間、アルヴィン様も私と一緒に転移していたのかもしれない。そして私が意識を失っている間、彼はこの魔物と一人で戦ったのだろう。
みんなを待つことだって、アルヴィン様一人でこの塔から脱出することだって、できたはずなのに。
『おい、アルヴィン! お前さあ、一人で突っ込んでいくのやめろよ。そのうち死ぬぞ』
『それで死ぬのなら、それが俺の寿命なんだろう』
けれど、思い返せば記憶の中のアルヴィン様はいつだって、危険を顧みない様子だった。
身を削るような戦い方で、私はずっと圧倒的な強さ故の自信があるからだと思っていた。
けれどもしかすると、彼が自分自身を大切にしていなかったからではと気付く。
「……っどうして……」
ある程度の止血はできたものの、一番酷いお腹の大きな怪我は一向に治る様子がない。焦りだけが募り、一体どうしてと必死に考えた末、気付いてしまう。
「……まさか」
動揺し思い出せずにいたけれど、生き絶えた魔物がSランクである所以は、強い呪いの力のせいなのだ。呪いによる傷には、回復魔法が効かないのかもしれない。
──ゲームではオーウェンとラーラが協力してこの呪いに対抗していたのに、今ここに彼らはいない。
いくらゲームとは順序が変わることがあっても、まさかこんな早くにこんなイベントが起き、ラーラ達がいないなんてことも想像していなかったのだ。
だからこそ、私はまだ解呪魔法を学んでいない。それに解呪魔法というのは専門的なものらしく、知識があったとしても今の私には使いこなせないだろう。
もうどうすればいいのか分からず、泣きたくなった。
「……っぐ、……うっ……」
「アルヴィン様! しっかりしてください!」
アルヴィン様の口からは、大量の血が溢れていく。
けれどもう目も見えておらず、意識も朦朧としているようで、私が誰なのかも判別できていないようだった。
それでも縋るように弱々しく握り返された手に、ひどく胸が痛んだ。
「絶対に、助けますから……!」
冷たいアルヴィン様の手をきつく握り、自分にも言いかせるようにそう呟く。
この塔の主であるSランクの魔物はアルヴィン様が倒したものの、出口までに高ランクの魔物は数えきれないくらいいるのだ。
アルヴィン様を抱えた私が、無事に出られるはずなんてないことは明らかだった。やはりここで彼を治療し、助けが来てくれるのを待つしかないだろう。
けれどこのままでは、アルヴィン様が長くは持たないことも分かっていた。
何か方法があるはず、考えろと必死に頭を働かせる。
『聖女の魔力は、何もかもを浄化するんだ』
『何もかも?』
『うん。だから聖女の魔力で満たされているニナは、毒や呪いを一切受けないはずだよ』
『うわあ、便利。何かあったら私がみんなを庇うね!』
『うん。絶対にやめてね』
『使い魔は私達の魔力が生命力なの。どんなに怪我をしても、生きてさえいれば魔力供給すれば復活するわ』
『すごいですね』
『でも、魔力供給の際には全てを共有することになる。途中で使い魔が死んだらこっちも死ぬのよね』
『えっ……こわ……』
『だから死にかけた使い魔は、すぐに諦めること。情を抱いて無理に救おうとして、死んだ奴だっているわ』
ふと、オーウェンやラーラとの会話を思い出す。
「──そうだ」
私はひとつの方法を思い付き、急いで地面に血で魔法陣を描き始めた。ひとつでも間違ってはならないと必死に記憶を手繰り寄せながら、手を動かしていく。
私の魔力でアルヴィン様を満たせば、呪いが弱まるかもしれない。魔力供給については、召喚魔法のあとにラーラから学んだばかりだった。
やがて完成した魔法陣の上にアルヴィン様をそっと横たえると、私は彼の両手に自身の手を静かに絡めた。
もちろん実際に試したことはないし、一度話を聞いただけなのだ。上手くいく可能性の方が低いだろう。
けれどきっと、他にもう方法はない。
「……どうか、上手くいきますように」
──失敗してアルヴィン様が途中で命を落とせば、私も一緒に死ぬことになる。
それでも、迷いはない。私は深呼吸をするとアルヴィン様の両手を握りしめ、魔力供給を開始した。
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