一度目の異世界 8
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「上級ポーションは正直助かるわ。ありがと」
「どういたしまして!」
もちろんオーウェンには一番に渡しており、次に会いに行ったラーラも素直に受け取ってくれる。
「……お前、本当に頑張っているのね」
その上、彼女にも褒めてもらえたことで私は浮かれていたんだと思う。そのままアルヴィン様の元を訪れると「結構だ」とばっさり断られ、少し凹んでしまった。
「アルヴィン様と仲良くなるの、無理なのかな……」
「そもそもあいつは毒とか気にするから、他人から貰ったもんは口にしないんだよ。気にしなくていいって」
「……そっか」
「ガキの頃とか、何度も死にかけたらしいし」
スライムのようにぐてんとテーブルに突っ伏す私の肩をぽんと叩き、テオは励ましてくれる。
第一王子という立場ともなると、常に悪意や危険と隣り合わせなのだろう。アルヴィン様はそんな環境で幼い頃から苦しんできたと思うと、胸が痛んだ。
あんなにも他人に心を開かないのも、やはり理由があるに違いない。仲良くなりたいというのは私のエゴでしかないし、あまり関わらない方がいいのかもしれない。
行き場のなくなった上級ポーションは魔力切れをした時にでも自分で使おうと決め、いつも腰から下げているポシェットに入れておいた。
翌日、私達は東の塔という場所へやってきていた。
ゲームでも出てくる場所で魔物の巣窟となっており、魔王の配下のSランクの魔物が潜んでいるのだ。
「なんだよ。思っていたより余裕じゃん」
「まあ、一匹だけだったしね」
とは言え、Sランクの魔物の中でも最弱で、5人が協力したことで無事に倒すことができた。
Sランク相手では足手まといになるため、私は援護に徹していたけれど、改めてみんなの強さを実感した。
特にアルヴィン様の強さはやはり圧倒的で、あまりにも次元が違う。その姿を目で追うのがやっとだった。
「やっぱりみんなはすごいなあ」
「だろ? 今日は良い飯食おうぜ! 肉だよ肉!」
「ふふ、そうだね」
そうしてテオと笑い合い、塔を出ようとした瞬間、不意に地面が大きく揺れ始めた。
「ここ、ボロボロだし崩れるんじゃないの? 嫌ねえ」
「とにかく急いで出ようか」
「分かっ──え?」
出口まではあと少しだと急いで駆け出した瞬間、すとんと片足が地面に沈む感覚がした。
「な、なに、これ」
私の立っている部分だけ地面が真っ黒に染まっていたのだ。まずいと思った時にはもう遅く、底なし沼に沈んでいくように、あっという間に引きずりこまれていく。
「──ニナ? おい、ニナ!」
私の手に伸ばされたディルクの手はギリギリのところで届かず、そのまま視界は真っ暗になった。
◇◇◇
「……っう」
どうやら意識を失っていたらしく、ゆっくり目を開けると土壁に覆われた小さな部屋にいることに気が付く。
すぐに東の塔で足元から地面に飲み込まれたことを思い出し、慌てて全身を確認したものの、怪我はない。
「どうしよう……」
下の階に落ちてしまったのか、完全にみんなとはぐれてしまったようで怖くなる。思い返せば私はこの世界に来てから、一人になったことがなかったのだ。
どれほどみんなの存在に救われていたかを思い知りながらも、黙っていても仕方ないと思い、両頬を叩くと立ち上がり、恐る恐る部屋の出口まで歩いていく。
そして暗く短いトンネルのような道を進んだ末、開けた場所に出た私は、はっと口元を両手で覆った。
「……うそ、でしょ」
目の前に広がる景色には、見覚えがある。ゲームでは魔王を倒す直前にイベントが起こる地──西の塔だと。
地面に飲み込まれた瞬間、強制的に転移させられていたのだろう。転移元は違うとは言えゲームでもあった展開だし、そこに疑問を抱くことはない。
ただ問題なのは、ここには6人全員で飛ばされてくるはずだったということだ。
私が一人なんて、間違いなくおかしい。ゲーム通りにいかないことがあるにしたって、流石に無理がある。
「こ、これは……流石に死ぬのでは……」
今の私が一人で倒せるのは、Cランクが限界だ。そしてここで出てくるのは、先ほど東の塔で倒したものよりもさらに強い、Sランク魔物のはず。
とにかく魔物に出会す前に脱出しなければと、息を潜めてそっと道なりに進む。あまりの恐怖から心臓の音が全身に広がり、背中を汗が伝っていく。
そんな中、私の身体の倍以上ある古びた扉が開いているのを見つけ、思わず足を止める。
ここは間違いなく、例の魔物がいる場所だ。すぐに引き返そうとしたものの、何かおかしいことに気付く。
扉が完全に開いているのに、魔物の気配がしないどころか、無音なんてことがあり得るのだろうか。
少し悩んだ末、きつく両手を握りしめてそっと真っ赤な扉へと近づく。そして中を覗いた私は、息を呑んだ。
「…………っ」
そこにあったのは血溜まりの上で動かない大きな魔物の死骸と、地面に横たわるアルヴィン様の姿だった。




