いきなりピンチなんですが
──テオは『まほアド』の攻略対象の一人で、美しい薄緑色の髪とエメラルドのような瞳が良く似合う、エルフ族の少年だ。
弓矢や草魔法が得意な彼は、お調子者で明るくて、私にとっては可愛い弟のような存在だった。
2年前よりもずっと背が伸びており、出会った頃は私と同い年の16歳だった彼も1年ほど共に過ごし、更に2年が経った今では19歳のはず。
テオの今の容姿的にも、やはりここは2年後が舞台の『まほアド2』の世界で間違いないと確信する。
「……でも、テオが元気そうで良かった」
私が最初に仲良くなったのもテオだった。彼の明るさ、素直さにはどれほど救われたか分からない。
テオはエルフ族なだけあって元々整った顔立ちで、大人びたことで更に美しくなっていた、けれど。
「おい、早くしろよな! 歩くのも遅いのかよ」
「ご、ごめんなさーい!」
綺麗な顔に似合わない言葉遣いの悪さだけは、どうやら直っていないらしい。それがまたテオらしくて、思わず笑みが溢れる。
さっさと歩いていくテオの後を、聖女はぱたぱたと早足で必死についていく。
テオは苛立っているようで、喧嘩でもしたのだろうかと思っていると、不意に聖女が視界から消えた。
「…………あのなあ」
「いてて、ごめんなさい、またやっちゃいました……」
「ったく何やってんだよ。行くぞ」
思いっきり転んでしまったらしく、テオが呆れたように手を差し伸べている。ふわふわとした様子や話し方は、クール系な見た目とはかなりのギャップがあった。
すりむいたのか膝から少し血が出ており、それに気づいた彼女はポケットから出したポーションを飲んだ。なぜ聖女の力で治さないのだろうと、私は首を傾げる。
「へへ、すみませ──きゃんっ!」
すると今度は立ち上がろうとした拍子に自身のローブを踏んでしまったようで、彼女は再びすっ転んだ。どうやら、とんでもないドジっ子属性らしい。
本当にあの調子で大丈夫なのだろうかと、少しだけ心配になる。『まほアド2』はFD──ファンディスク要素が強く、恋愛メインで魔王ほどの敵はいない。それでも、なかなかの強さの魔物は登場するはず。
「あ、人の心配をしている場合じゃないんだった」
そう、悠々自適な未来の生活のため、今の私はとにかく働いて貯蓄をせねば。何より聖女の周りには守ってくれる人達が大勢いるだろうし、きっと大丈夫だろう。
「そういえば聖女様御一行は今夜、村長の家に泊まっていかれるそうよ。皆を集めて食事会をするらしいから、ニナちゃんも参加したら?」
「えっ? ええと、私は遠慮しておきます」
「勿体無いわ。王都の騎士団勤めの若い騎士も大勢参加するようだから、エリートを捕まえるチャンスなのに」
この世界の女性の結婚適齢期は18〜20歳ほどで、今の私はまさにど真ん中な時期らしい。
天涯孤独的な立ち位置の私を心配し、村の人々は結婚を勧めてくれるけれど、今はそんなつもりはなかった。
いずれはどちらの世界にしろ、結婚はしたいとぼんやり思っているものの、やはりまだよく分からない。
「それにしても、聖女様はふわふわした方ねえ。ああ見えて魔法を使う時には、キリッと雰囲気が変わったりするものなのかしら?」
「うーん、どうなんでしょう……あの、そう言えば、前の聖女については何か知ってます?」
私が突然消えた後、一体どんな扱いになっていたのかずっと気になっていたのだ。なんとなく今まで聞くタイミングを逃していた私は、聖女繋がりで尋ねてみる。
するとベティおばさんはすぐに私の口を両手で塞ぎ、慌てたような様子で辺りをきょろきょろと見回した。
「ちょっと、ニナちゃん! 投獄されたいの!?」
「!?」
「ああ、ニナちゃんは他国から来たんだっけね。知らないのも仕方ないわ。……いい? この国で、前の聖女様の話は絶対にしちゃだめよ」
「えっ……ど、どうしてですか?」
ようやく口を解放された私は、こそこそと話すベティおばさんに再び尋ねる。
前の聖女、つまり私の話を絶対にしてはいけないというのも、投獄という物騒すぎる言葉も気がかりだ。
やがておばさんは、こっそりと私に耳打ちをした。
「第一王子のアルヴィン様が、前聖女様の名前を口にした者は全員投獄すると仰ったらしいの」
「ええ……!?」
信じられない言葉に、私は息を呑んだ。どうやら私はこの2年間の間に、名前を言ってはいけない存在になっていたらしい。
一体なぜ、そんなことになっているのだろう。アルヴィン様に何かをした記憶は全くない。
もしや何の断りもなく、この世界を去ってしまったからだろうか。とは言え、あんなにも頑張って魔王を倒した後なのだし、それだけが理由とはとても思えない。
「ああ、そうだわ。前聖女様は見つけ次第捕らえて、二度と外には出さないとも」
「えええええ……!?」
つまり私は見つかり次第、無期懲役ということだろうか。とんだ大罪人である。
王族であるアルヴィン様は、今や村娘の私からすれば最も遠い存在であり、誤解を解く機会すらなさそうだ。
そもそもこれは、誤解なんて可愛いらしい言葉で済むのかすら怪しい。
名前を出すだけで投獄されてしまうのなら、前聖女である私自身はどうなってしまうのか想像もつかない。プラス拷問程度で許してもらえるだろうか。怖い。
「ニナちゃん? すごく顔色が悪いけれど大丈夫よ、もうこの話をしなければ良いだけなんだから」
「そ、そうですよね……」
「前聖女様がどこにいるか分からないけれど、とにかく絶対に関わっちゃダメよ。大罪人の可能性もあるもの」
「あっ……ハイ……ほんと……そうですよね……」
なんとかこくりと頷いた私は、この国を出て暮らす必要があるかもしれないと内心頭を抱えたのだった。