一度目の異世界 5
「ねえねえディルク、この召喚魔法なんだけど……」
「すまない、そういった類は得意じゃないんだ」
馬車に揺られながら、魔法の本を片手にディルクにそう尋ねてみる。けれど攻撃魔法に特化した彼は苦手な分野らしく、オーウェンに聞くといいと言う。
「なんで俺には聞いてくれねえんだよ」
「テオ、分かるの?」
「まさか。さっぱり」
「…………」
今日はテオとディルクと三人で移動しており、他の三人は私達の少し前を走る馬車に乗っている。
私は少しの時間も無駄にしまいと、前の街の本屋で買った本を読み耽っていた。
「どれどれ……ってニナ、もうこんな難しい魔法まで進んでるのかよ。俺には他国語にしか見えねえぞ」
「一応ね。でも、これはさっぱり分からなくて」
この世界に来てから、もう四ヶ月が経つ。
1日も欠かさずに努力を続けていたこと、何よりディルクや周りの人々の指導のお蔭で、私のステータスはかなり上昇していた。
ラスボスである魔王を倒すには、全ステータスをレベル80まで上げる必要がある。そして今の私は、平均60ほどまで上がっていた。
一気に上がったように見えるけれど、ここからはレベルをひとつ上げるたびに経験値がかなり必要になってくるため、今まで以上に頑張らなければならない。
「……ゲームだと、オートもあったのにな」
今はとにかく魔王討伐のタイムリミットまで、数をこなすしかない。後はクリアまでに4回ある、経験値ががっぽり入るイベントをしっかりこなさなければ。
古代竜の討伐や疫病の流行る村を救うなど、様々なものがあるけれど、それらがいつ起きるか分からないのが怖いところだった。
先週、そのひとつであるスライム大量発生が起きたものの、ゲームでは転移してすぐに起きるはずのもので、明らかにタイミングが遅くなっている。
何もかもがゲームと同じではないのだと、改めて思い知らされていた。
「ニナはすげー頑張ってるし、えらいよな」
「ああ」
「ありがとう。まだまだ頑張るね!」
その後、街に到着し宿の部屋に荷物を置いた後、早速オーウェンの元へ向かった。
「ねえ、これについて教えてほしいんだけど」
「もちろん。どれかな?」
オーウェンは私が指さした本のページにさっと目を通し「ああ」と呟くと、眩しい笑みを浮かべる。
そして何故かぱたんと本を閉じてしまうと、ぎゅっと私に握らせた。
「ラーラの得意分野だから、ラーラに聞くといいよ」
「えっ? いや、でも……教えてくれるとはとても思えないんですけれども……」
挨拶すらまともに返してもらえないというのに、わざわざ魔法を教えてもらえるとは思えない。
オーウェンだって私とラーラの関係性は知っているはずなのに、と困惑してしまう。
「大丈夫。僕を信じて」
「……わ、分かった」
それでも、オーウェンは絶対に私を困らせるような嘘はつかないことを知っている。
そう思い頷けば、大きな手で頭を撫でられた。
「ニナは素直で本当にかわいいね。僕のことをこんなに信じてくれるのは君くらいだよ」
「オーウェンは優しいもん」
「嬉しいな。みんなと仲良くなれるよう、応援してる」
「うん、ありがとう!」
なんだかんだ私に一番甘いのはオーウェンかもしれないと思いながら、お礼を言ってラーラのもとへ向かう。
彼女の部屋を訪ねてみたものの留守のようで、宿の中を探し歩いていると、カフェスペースのような場所でお茶をしている姿を見つけた。
美女というのは妙な迫力があり、今までの散々な無視を思い出すと、思わず足が止まってしまう。
けれどオーウェンを信じ、深呼吸をして両手を握りしめると、私は口を開いた。
「あの、ラーラさん」
「……何かしら」
すぐに振り返ったラーラは、視界に私を捉えるなり薄いすみれ色の目を細め、明らかに嫌な顔をする。
それでも私は笑みを浮かべると、彼女の前に立った。
「あの、この魔法について教えてくれませんか」
「は?」
そうして本の例のページを開いて差し出せば、ラーラはまるで宇宙人でも見るような視線を向けてくる。
緊張で心臓が早鐘を打つのを感じつつ恐る恐る見上げれば、明らかにラーラが苛立っていくのが分かった。
「お前、頼む相手を間違えてない?」
当然の反応だと思いながら「ラーラさんの得意分野だと、オーウェンから聞きまして……」と呟くと、彼女は長い睫毛を伏せ、本のページへと視線を落とす。
すると大きな目が、驚いたように見開かれた。




