一度目の異世界 4
それからすぐにディルクは身支度を整え、一緒に森へ向かってくれた。
常に私の一歩前を歩き、少し遅れると自然に足を止めて待ってくれる。とても紳士だと少しの感動を覚えた。
「ディルクさんは何魔法が得意なんですか?」
「火魔法だ」
「そうなんですね。すごく似合います」
「そうか」
私が時折つまらない質問をすると、短い言葉ではあるものの、きちんと答えてくれる。ぽつりぽつりとしか会話はなかったけれど、全く気まずさは感じない。
森に着いた後、私はひたすらFランクとEランクのモンスターを狩り続けた。とにかく数をこなせば、経験値のようにステータスは上がっていく。
「浄化……うえっ」
魔核だけを残し、じゅわっと溶けていく魔物のグロテスクさには、なかなか慣れることはない。
最初は黙って側で見守ってくれていたディルクも、途中からアドバイスをくれるようになっていた。
「今の場合はもっと広範囲に展開したほうがいい」
「分かりました!」
「獲物から目を逸らすな」
「は、はいっ!」
騎士団長であり誰よりも魔物との戦闘経験が多いディルクの指導は的確で、とても分かりやすい。
気が付けばだんだん魔物一匹の討伐にかける時間も減っていき、ぐんと効率が上がっていた。
「飲み込みが早いな」
「本当ですか? ……あの、ディルクさん、良かったら明日も教えてもらってもいいでしょうか?」
「分かった」
「えっ、いいんですか?」
「ああ」
ダメ元で恐る恐るお願いしてみたものの、あっさりと返事をしてくれて驚いてしまう。嫌われているわけではないのだと、安堵もした。
──それから、2日に一度のペースでディルクは私の練習に付き合ってくれるようになった。
「ひっ……こ、こわ、無理無理無理!」
「大丈夫だ。落ち着いて目の辺りを狙ってみろ」
ディルクが一緒のお蔭でどこでも特訓できる上に、自分一人では立ち向かえない強さの魔物相手との実戦練習もできるようになった。
けれど不意打ちでAランクの見た目が怖すぎる魔物が現れた時には腰を抜かし、ディルクがあっさりと倒してしまった後も、立ち上がれなくなってしまった。
「……本っ当に本当にスミマセン」
「いや」
結果、宿までディルクに背負われる形になり、私はあまりの申し訳なさで消えてなくなりたくなっていた。
ディルクにはお世話になり迷惑をかけっぱなしで、何ひとつお返しをできていない。地位も名誉も何でも持つ彼に対して私ができるお礼なんて、思いつかなかった。
月明かりの下、大きな背中から温もりを感じながら、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの、どうしてディルクさんは、私の練習に付き合ってくれるんですか?」
「……いつも遅くまで一人で練習していただろう。このままでは、いつか死ぬだろうと思った」
どうやら私が毎晩、必死に努力をしていることに気付いてくれていたらしい。心配してくれていたからこそ、効率よく戦う方法も教えてくれたのだろう。
「お前は頑張りすぎだ。俺達だっているんだから、もう少し肩の力を抜いていい」
そして「きっとお前なら、聖女の役割を果たせる」というディルクの言葉に涙腺が緩んだ。
私の頑張りを見てくれていたこと、認めてくれたことが嬉しくて、胸の奥がじわじわと温かくなっていく。
「……ディルクさん、ありがとう、ございます」
「ああ」
この日をきっかけに、少し口下手なディルクがとても優しくて思いやりのある人だと、知ることができた。
それからというもの、私は完全にディルクに懐いた。
ディルクもそんな私に対して、少しずつ口数が増え、小さく笑ってくれることも増えていた。
「ディルク、これあげる」
「お前が食べた方がいい。ニナは細いんだ」
食事中も隣に座って会話をするようになり、いつしか呼び方や接し方も変わっていた。
「なんかお前ら、急に仲良くなったよな。夜中に二人でよく出掛けてるし、付き合ってんの?」
「げほ、っごほっ」
「まさか! そんなわけ──ってディルク、大丈夫?」
「…………ああ」
私達の様子を見ていたらしいテオが突拍子もないことを言ったせいで、ディルクは思い切り咳き込む。
その背中をさすっていると、向かいに座っていたオーウェンが「酷いよ、ニナ」と言い出した。
「妬けるなあ、僕というものがありながら」
「何を言っているんですか?」
相変わらずだと溜め息を吐きながらも、以前よりもずっと賑やかになったことに嬉しさを感じてしまう。
「でも、二人は本当に仲良くなったよね」
「ディルクとはひたすら魔物を狩ってるだけだもの」
「ああ。ニナと俺は友人だ」
「…………へ」
そんな中、ディルクが当然のようにそう言ってくれたことで、私の口からは間の抜けた声が漏れる。
次の瞬間、私は両手でディルクの手を掴んでいた。向き直り、ぎゅっと大きな手を握りしめる。
「う、嬉しい! ディルクが私のこと、友達だと思ってくれていたなんて……!」
「あれだけ一緒にいて、他人の方がおかしいだろう」
感激する私を見て、ディルクはふっと口元を緩める。
心の中ではそうだといいなと思っていたけれど、こうしてディルクの口から聞くと、とても嬉しかった。
「俺だってニナの友達だぞ」
「テ、テオ……!」
「うんうん。僕もニナの恋人だよ」
「…………」
しらーっとした視線を向けると、オーウェンは「本当にニナのその目、好きなんだよね」と笑う。
「それなら、このままディルクがニナの教育係ってことでいいんじゃないかな。最初は僕がなんとなく教えていたけど、戦闘は向いていないし困ってたからさ」
「俺は構わないが」
「アルヴィンもそれでいいかな?」
「……ああ」
静かに食事をしていたアルヴィン様が、小さく頷く。
その隣ではラーラが「暇人ねえ」と鼻で笑っていた。
「じゃあ、これで決定だね」
「ありがとう、ディルク! これからもよろしくね」
「ああ」
こうしてディルクは私の教育係となり、今まで以上に行動を共にすることとなった。




