一度目の異世界 3
それからも私は毎日、ひたすら魔法の練習を続けた。言葉通り「血の滲む努力」というものをしたと思う。
聖魔法はとにかく慣れるしかないと悟り、寝る間を惜しんでひたすら魔力を身体に馴染ませようとした。
元々私は何でもやり込むタイプだったし、聖女という大役を担った以上、私のせいで国が滅びたり誰かが命を落としたりするのは絶対に避けたかったからだ。
その甲斐あってこの世界に来て二ヶ月が経つ頃には、初級魔法を使えるようになっていた。
「ステータス──よしよし、ちゃんと上がってる」
フォンという軽い音と共に空中に浮かび上がった水色のステータス画面に並ぶ数値を見て、ほっと息を吐く。
最初は苦行でしかなかった魔法の練習も、コツを掴みステータスが上昇し始めてからは楽しいと感じるようになった。成長が見えるのは嬉しいし、やりがいもある。
そうしてあっという間に三ヶ月が経ち、いよいよ私達6人は魔王討伐の旅に出ることとなった。
私はまだまだ弱いけれど、ゲームでも旅の途中で魔物を倒していき、レベルアップを目指していくのだ。
「この馬車、揺れすぎじゃね? 吐きそうなんだけど」
「大丈夫? 車酔いって治癒魔法は効くのかな」
「とりあえず掛けてみてくれ……うえっ」
「回復──なんか変わった?」
「うーん、ちょっと楽になった気がしなくもない」
移動の馬車は私とオーウェンとテオ、アルヴィン様とディルクとラーラというメンバーで2台に別れていた。
六人で旅をしているとは言っても、もちろん宿での部屋は別だし、食事中も半数のメンバーが喋ろうとしないため、交流が増えることもなく。
「…………」
「…………」
「空気重すぎだろ、ここは葬式会場かよ! ははっ」
「っるさいわね、黙って食べなさい」
むしろ一緒に過ごす時間は増えたのに会話はないことで、アルヴィン様達との気まずさは跳ね上がっていた。
◇◇◇
「うわ、まだ練習してたのか。寝ねえの?」
「うん。もう少しだけ練習してから寝るつもり」
夜も深くなってきた頃、宿の庭園で魔法の練習をしていると、偶然通りがかったテオが声を掛けてくれる。
もう眠るところだったらしく、いつも束ねている私よりも長い髪を下ろしていて新鮮だった。
「ニナってほんと真面目だよなあ」
魔王討伐の旅が始まってからも、私はレベルアップのために努力を欠かさなかった。むしろ旅が始まってからの方が、根を詰めて練習していたかもしれない。
『邪魔よ、足手まといは下がってなさい』
『……すみません』
分かっていたことではあるけれど、みんなの圧倒的な強さを目の当たりにして、自分がどれほどお荷物な存在なのかを思い知らされたからだ。
仕方ないと分かっていても、やっぱり悔しかった。少しでも追いつきたい、力になりたいと強く思う。
「そんな無理すると死ぬぞ、人間はひ弱だからな」
「ありがとう。でも、早く強くなりたいんだ」
「ふーん。ま、飯はいっぱい食ってたくさん寝ろよ」
「ふふ、そうする」
テオとのこんな何気ないやり取りも、とても励みになっていた。素直で明るいテオは、弟みたいで可愛い。
そんな中、高ランクの魔物が大量発生しているという森の近く田舎町で、3日ほど滞在することになった。
「き、今日も何もできなかった……」
「仕方ないよ。今日はBランク以上しかいなかったし」
旅の途中でしっかりレベルアップをしていこうと思っていたのに、私の出る幕がさっぱりない。やはり、自主練でどうにかするしかないらしい。
「……EランクとFランクの魔物しか出ないなら、私一人でも大丈夫だよね」
この町は2つの森に挟まれており、片方は低ランクの魔物しか出ないらしく、安全な修行の場になっているという。ご都合感のある狩場で、とてもありがたい。
そんな話を近隣住民に聞き、夕食後を食べた後に早速支度をして、森へ向かおうとしていた時だった。
「こんな時間にどこへ行くんだ」
廊下を歩いていると前方からやってきたディルクに声を掛けられ、驚いてしまう。
話しかければ必ず返事はしてくれるものの、彼の方から声を掛けてくるのは初めてだった。
「えっ? ええと、近くの森に行こうかなと」
ディルクの林檎のような赤髪はいつもより落ち着いていて、お風呂上がりらしいことが窺える。彼の金色の瞳としっかり視線が絡むのも、初めてな気がした。
戸惑いながらも理由を話せば「少し待っていてくれ」と言われ、余計に困惑してしまう。
「あの、どうしてですか?」
「俺も一緒に行く。何かあっては困るだろう」
「あ、ありがとうございます……! 待ってます!」
予想外ではあったものの、ディルクの申し出はとても嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
同時に、安堵もしていた。安全だと分かっていても、暗い夜の森にひとりで行くのは少し怖かったからだ。




