一度目の異世界 2
翌日からは改めてこの世界について、聖女について、そして魔法について学び、特訓する日々が始まった。
不安や戸惑いなんて感じる暇がないくらい朝から晩まで予定を詰め込み、必死に「聖女」になろうとした。
「わあ.....きれい……!」
初めて魔法を使った時のことは、今でも覚えている。
ほんの一瞬、ぽわっと手から淡い光が出ただけだったけれど、本当に私が魔法なんてファンタジーなものを使えることに心底感動し、胸が弾んだ──けれど。
「……はあ.....っはあ……」
「大丈夫? 少し休もうか」
「まだ、大丈夫、です……」
聖魔法を使いこなせるようになるまでは、それはもう苦労をした。オーウェンから指導を受けていたものの、やはり感覚が違うのか上手くいかない。
「やっぱり聖魔法っていうのは特殊なんだね。ここまで扱うのが難しいとは思わなかったよ」
ゲームでは、ボタンひとつ押すだけだったのに。
焦燥感が募っていき、私は本当に聖女としての役割を果たせるのか、この世界を救えるのかという不安に押し潰されそうになった日もあった。
けれど、私はヒロインなのだ。絶対に使いこなせるようになるはずだと信じて、そうならなければならないと自身に言い聞かせて、ひたすら努力を重ねた。
「ニナは頑張り屋さんだね。でも、無理はしないで。君の代わりはいないんだから」
こくりと頷けば、オーウェンはふっと赤い目を柔らかく細め、真っ白な手で私の頬に触れる。
「そうだ、僕にも敬語はいらないよ。ニナとは仲間以上の関係になりたいし、オーウェンでいい」
「…………」
「あ、その全く信じてない顔いいね。好きになりそう」
「…………」
私はゲームでは友情大団円エンドを迎えたため、みんなのことは広く浅く知っているだけだった。
中でもオーウェンは女好きのキャラだと知っていたものの、想像以上だった。いつだって距離は近いし、隙あらばこうして口説いてくる。
誰にでも言っているんだろうと毎回スルーしているけれど、全く懲りる様子はない。
「でも、お言葉に甘えて敬語はやめるね。私、オーウェンやみんなと仲良くなりたいんだ」
「うん。ニナならきっとなれるよ」
「ありがとう! よし、もう一回お願いします!」
それでも一人ぼっちの私を一番気遣ってくれていたのもオーウェンで、彼の存在にはかなり助けられていた。
◇◇◇
「ニナ様、何かお困りのことはございませんか?」
「はい! むしろこんなに良くしていただいて、申し訳ないくらいで……」
「とんでもございません。ニナ様はこの世界を救ってくださる聖女様なのですから、当然のことです」
メイド達は丁寧に頭を下げると、私の自室──王城内にある最高級ホテルのスイートルームのような広く豪華な部屋を出ていく。
豪華な服や宝石のついたアクセサリーが部屋には並び、食事も食べきれない量のご馳走が三食用意される。
専属の侍女やメイドも大勢おり、まるでお姫様かと言うほどの待遇に私は落ち着かなくなっていた。
「……はあ」
ハードな1日を終えてぼふりとベッドに倒れ込むと、口からは大きな溜め息が漏れる。
ちなみに元の世界に帰る方法を聞いたものの、ハッキリ無いと言われてしまった。てっきりクリアすれば帰れると思っていたため、驚きを隠せずにいる。
あの家に戻りたいとは思わないけれど、この世界にも私の居場所はない気がして、心がずしりと重くなる。
「……うん、気分転換に散歩でもしよう!」
これくらいでめげていては駄目だと頬を両手で叩き、ベッドから起き上がる。
「──あ」
そうして廊下に出てすぐ、アルヴィン様に出会した。
この世界の人々は美形揃いだけれど、アルヴィン様の美しさは群を抜いている。常に無表情なこともあり、まるで精巧に作られた人形みたいだった。
「あ、アルヴィン様、こんばんは」
「……ああ」
相変わらずアルヴィン様の態度は素っ気ないままで、私の顔を見ようともせず横を通り過ぎていく。
そしてテオが言っていた通り、こんな態度は私だけでなく全ての人に対してのようだった。
『アルヴィンは誰にも心を開いていないんだ。長い付き合いの僕達だけでなく、血を分けた家族にさえも』
ふとオーウェンの言葉を思い出し、胸が痛む。そんな風に生きていくのは、どれほど孤独で寂しいのだろう。
アルヴィン様がそうなってしまった理由が気になったけれど、他人以下の関係の私が知るはずもなかった。




