一度目の異世界 1
「彼女が第十四代聖女となったニナだ。突然この世界に来て戸惑っているだろうから、みんな気遣うようにね」
突如、乙女ゲーム『剣と魔法のアドレセンス』の世界に転移した私は、オーウェンからこの世界や聖女についてざっくり聞かされた後、みんなに紹介された。
いきなり貴女は聖女なので魔法が使えます、仲間と共に魔王を倒してくださいなんて言われたところで、はい分かりましたと現実を受け入れられるはずもなく。
未だに自分に起きている出来事が現実だとは思えず、こっそり手の甲をつねってみたりしていた。
「わあ……」
そして目の前には美男美女のキャラクター達がずらりと並び、私を見つめているのだ。あまりの圧と現実離れした眩しい光景に、目眩すらした。
「仁奈です。よ、よろしくお願いします!」
私はそれだけ言うのが精一杯で、大会議室と呼ばれる部屋にはしんとした重い沈黙が流れる。そもそも六人だけで使うには、広すぎる気がしてならなかった。
「…………」
「…………」
ゲームと同じだったのはプロローグ部分だけで、キャラクター達の態度も言葉も明らかに違う。何もかもがゲーム通りではないのかもしれないと、気付いてしまう。
明らかに歓迎ムードではない空気を感じ、息苦しさを感じていると、次に口を開いたのはテオだった。
「へー、異世界の人間ってこんな感じなのか。普通の子どもって感じだな。すぐ死にそうじゃん」
「ニナは十六歳だからテオと同い年だよ。分からないことも多いだろうし、色々と教えてあげてくれないかな」
「いいぜ。俺はテオ、エルフなんだ。よろしくな!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「同い年なんだろ? 敬語なんていらねえよ」
人懐っこい笑みを浮かべ、差し出してくれたテオの右手を握り返す。その手はとても大きくて、温かい。
──私は当初、目の前の人々をゲームのキャラクターとして認識していたけれど、この世界ではみんな生きている一人の人間なのだと実感した瞬間だった。
「お前の世界の話も聞かせてくれよ」
「うん、もちろん!」
天真爛漫なテオは、私の暮らしていた世界に興味があるらしい。鮮やかな薄緑色の髪やエメラルドのような瞳がきらきらと眩しくて、目がチカチカとする。
テオが口を閉ざすと場には再び静寂が訪れ、オーウェンは呆れたような表情を浮かべた。
「それぞれ、自己紹介くらいしたらどうかな?」
「……騎士団長を務めている、ディルク・ブライスだ。よろしく頼む」
「ディルクさん、こちらこそよろしくお願いします」
元々ディルクは口数が少なく、女性に対して人見知りな面もあり、目が合った瞬間に顔を背けられてしまう。
そんな中、アルヴィン様とラーラは閉口したまま。私に一切興味がないらしく、こちらを見ようともしない。
オーウェンが責めるように二人の名前を呼ぶと、ラーラは溜め息を吐き、冷ややかな眼差しを私へ向けた。
「こんな小娘が世界を救う聖女だなんて、信じられないんだけど。お前、本当に聖魔法が使えるの?」
「えっ? ええと、分かりません。魔法を使ったことがないですし、使い方も知らなくて……」
「はっ、一年後には魔王が復活するってのに悠長ねえ」
「ニナは間違いなく聖魔法が使えるよ。彼女の世界に魔法はないんだし、これから練習していけばいい」
オーウェンがフォローしてくれたものの、ラーラの言葉や態度からは、明確な拒絶を感じる。
この場にいる五人はそれぞれ剣や魔法を極めており、絶大な力を持っているのだ。本来なら異世界から来た人間なんかに頼るのは、不本意なのかもしれない。
とは言え、聖女の魔力でしか魔王を完全に倒すことはできないため、私の存在を無視はできないのだろう。
重苦しい雰囲気に耐えきれずオーウェンへ縋るように視線を向ければ、彼は眉尻を下げて微笑んだ。
「気を遣わせてしまってごめんね。彼はこのワイマーク王国第一王子のアルヴィン。我が国で一番の魔法使いなんだ。そして、彼女は黒魔法使いのラーラ」
オーウェンが紹介してくれても、二人に反応はない。肩をすくめたオーウェンは、一息吐いて続けた。
「それと明日の夜には王城内でニナの歓迎パーティーが開かれる予定だから、みんな参加するようにね」
「私はパス。そもそも歓迎してないし」
ラーラはそれだけ言うと立ち上がり、美しい長い菫色の髪を靡かせて会議室を出ていく。
「俺も聖女になど興味はない。勝手にしてくれ」
そしてアルヴィン様もまた私を見ることなく、静かに部屋を後にした。その背中からも、強い拒絶を感じる。
私達四人が残された室内には、とてつもなく気まずい空気が流れ、オーウェンは再び溜め息を吐いた。
「……ごめんね、二人はとても警戒心が強いんだ。悪い人達ではないから、どうか嫌いにならないでほしい」
「は、はい。大丈夫です」
ゲームをプレイした私は彼らのことをそれなりに知っており、一緒に長旅をした仲間のような感覚もあった。だからこそ冷たくされると、心にくるものはある。
それでも彼らにとっての私は初対面の他人、それも得体の知れない人間でしかないのだ。これから少しずつ私のことを知ってもらい、仲良くなりたいと思った。
「ま、あいつらのことは気にすんなよ! あんな態度はお前にだけじゃなくて、みんなにだしさ」
「うん、ありがとう」
「僕達もついているから安心して。ほら、ディルクも」
「……何かあれば、言ってほしい」
「はい。精一杯頑張るので、よろしくお願いします!」
そうして好感度を含め全てのステータスがゼロの、私の異世界での一度目の生活が幕を開けた。




