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賑やかな日常



 柔らかな日差しが差し込み、窓の隙間からは小鳥のさえずりが聞こえてくる、そんな穏やかな昼下がり。


 私は今日も朝から執務室にて仕事をするアルヴィン様のぴったり隣に座り、読書をして過ごしていた。


「……ふう」


 読み終えた本をそっと閉じ、息を吐く。以前私を殺した男に襲われてから1ヶ月が経つけれど、相変わらず私は常にアルヴィン様の側で1日を過ごしている。


 そしてそれを当たり前のように感じ、慣れてしまっているのが恐ろしい。アルヴィン様は誰よりも忙しいし、このままの生活はお互いにとってよくないはず。


 そう思った私は、金色の長い睫毛を伏せ、書類に目を通していたアルヴィン様に声を掛けた。


「読み終えてしまったので、図書室へ行ってきますね」

「うん、あと1分だけ待ってもらってもいい?」

「あのアルヴィン様、一人でも大丈夫です。毎回取りに行くのも大変なので、そのまま図書室にいようかなと」

「それなら俺も図書室で仕事をするよ。……ああ、ここに図書室を作ればいいのかな」

「?????」


 一体何を言っているのだろう。けれど彼なら本当に一晩にしてここに図書室を作ってしまいそうだった。


「護衛も付けていただいていますし、しばらく強制イベントはないはずなので大丈夫ですよ」


 そう告げると、アルヴィン様は首を左右に振る。


「ごめんね、ニナが視界にいないと不安なんだ」

「うっ……」


 そしてきゅっと右手を大きな手のひらで握られ、縋るような視線を向けられた。


 私はアルヴィン様のこの顔に、めっぽう弱い。私が襲われた時、どれほど心配してくれたか、心を痛めたか知っているからこそ、最近は余計に心が揺らいでしまう。


「で、では一緒に行ってもらってもいいですか?」

「もちろん。ありがとう」


 ほっとしたような笑顔に、小さく心臓が跳ねる。やっぱりアルヴィン様といると安心して、心のどこかで私も側にいたいと思っていることにも気が付いていた。


 繋がれたままの手のひらも顔も、じわじわと熱くなっていく。最近の私はずっとこんな調子で、自分が自分ではなくなっていくような感覚が、少しだけ怖い。


 そんなことを考えていると不意に、元気なノック音が執務室に響いた。アルヴィン様もすぐに誰か分かったらしくドアへ視線を向け、溜め息を吐く。


 予想通り中へ入ってきたのは、テオだった。


「ニナ、一緒に昼飯食おうぜ!」

「悪いがニナは俺と二人きりで食べる予定なんだ」

「は? お前ばっかニナを独り占めしやがって」

「ええと私、ラーラと食べる約束してるんですが……」

「…………」

「…………」

「うん、みんなで食べよう」


 連日、アルヴィン様とテオは私を取り合っての些細な喧嘩が絶えない。時折火に油を注ぐようにオーウェン達も混ざるから、場はカオスになる。


 そしてその原因も、分かっていた。


 実は先週、ようやく気持ちが落ち着いた私は、あの男について調べるためにも、アルヴィン様やみんなに元の世界に戻った時のこと──殺された時の話をしたのだ。


「ニナ、気分が悪くなったりしたらすぐに話すのをやめていいからね。無理はしないで」


 隣に座っていたアルヴィン様は、ずっと私を気遣う様子を見せてくれていた。


「はい、ありがとうございます。……2年前、魔王討伐を終えて帰ってきた後、私はみんなに何か贈り物をしたくて、こっそり街へ出かけたんです」


 そう、普段は「聖女」という立場のため、一人で出かけることは一度も無かったというのに。


『やっと一人になってくれたね』


 あの頃の私はきっと、慢心していた。全ステータスがカンストしており魔王も倒した末、怖いものなど何もないと油断しきっていたんだと思う。


 買い物を終えた帰り道、近道をしようと人気のない路地裏を通った際、あの男に攫われた。私一人では到底叶わないくらい、圧倒的な力の差に捩じ伏せられたのだ。


『ニナ、痛い? 苦しい? ははっ、泣かないでよ』

『……っう……』


 それからは血生臭い小屋で時間をかけて惨たらしい殺され方をして、私は命を落とした。


 そして次に目を覚ました時には、元の世界の自分の部屋で倒れていた。元の世界での私は異世界で過ごしていた一年間、失踪扱いになっていたという。


「っニナ、本当に、ごめんな……」


 平然を装って話したつもりだったのに、やはり動揺が滲み出ていたのかもしれない。


 テオはあの日と同じようにぽろぽろと涙を流し、みんなもまた、悲痛な、悔やむような表情を浮かべていた。


「私が悪いの! 勝手に一人で出掛けたせいだから。それにもう大丈夫だよ、元の世界に戻っただけだもの」

「嘘つくなよ、あいつに酷い殺され方されたんだろ! 何十回も焼いたり、っ刺したり、したって……!」

「…………っ」

「テオ、落ち着きなさい」


 泣きじゃくるテオを、ラーラが静かに宥める。きっとテオは、あの男の言葉を覚えていたのだろう。


『何回も何十回も刺して焼いて、楽しかったなあ。ニナはね、それはもういい声で鳴いてくれた』


 あの時のことを思い出すと、吐き気が込み上げてきて泣きたくなった。けれど、今動揺しては心配をかけてしまうだろうと、必死に明るく振る舞おうとする。


「ちょっと痛かったけど、今はこうして生きてるし」


 ね? と笑みを浮かべてみても、誰もが口を閉ざしたまま。特にこの時初めて話したディルクとオーウェンはひどくショックを受けた様子で、胸が痛んだ。


「ごめんね、ニナ。君がそんな目に遭っていたなんて知らず、僕達はのうのうと暮らしていたんだから」

「……すまない」

「ううん! 悪いのはそもそもあの男だし、とにかくこれからのことを考えよう」


 アルヴィン様が身体を切り刻み、頭を潰して姿が消えても「またね」という声が場に響いたことを思い出す。間違いなく、あの男はまだ生きている。


「……あいつの狙いは『聖女』なんだろう? ニナはこの先、絶対に俺の側から離れないで」


 そう言ったアルヴィン様の手は、血が滲んでしまうのではないかというくらい、きつく握り締められていた。


 地方の神殿にいるエリカも厳重に守られており、ラーラの黒魔法でも繋がっていて、緊急時は王城へ転移することになっているそうだ。


「俺達だっているからな! ニナ!」

「そうよ、私達がついているから安心して」

「ああ。次は絶対に守ってみせる」

「みんな……ありがとう」

「僕の方でも調査は引き続き進めるよ」

「うん、よろしくお願いします」


 そうして過保護だった三人が五人になり、私はベッドに入るまで、一人の時間がゼロの日々が続いていた。


 もちろん私も大好きなみんなと一緒に過ごせるのは嬉しいけれど、流石に誰と食事を取るか、散歩に行くかという些細なことで毎回口論になるのは頭が痛くなる。


「ニナちゃーん、お迎えに来たわよ! ってやだ、こいつらも一緒なの? 女子会なのに」

「女子? どこに二人目の女子が──痛ってえ!」

「舌引っこ抜くわよクソガキ」

「さ、行こうかニナ」

「…………」


 そうして私は今日も、賑やかすぎるランチタイムを過ごすことになる。



 ◇◇◇



「ニナさん! 今日もお話しできて嬉しいです!」

「こちらこそ。エリカも変わりないようでよかった」


 翌日の午後、私は王城の裏の森の屋敷で、エリカと通信用の魔道具で話をしながら遠隔お茶会をしていた。


 アルヴィン様は大事な会議があるらしく、他のメンバーもエリカと二人きりで積もる話もあるだろうと気を遣ってくれたようで、この空間には今私一人だ。


「そっちはどう? 落ち着いたら遊びに行きたいって、アルヴィン様にお願いしてるところなんだ」

「わあ、ぜひお願いします! 私は朝から晩まで特訓をしてばかりなので、観光もできていなくて……あっ、昨日はDランクの魔物を倒せたんです!」

「えっ、すごいね! 本当にすごいよ!」


 どうやらエリカは厳しい特訓の末、聖魔法のコツを掴んだようで、めきめきと成長しているという。


 ラーラが予知した邪竜の討伐イベントまで刻々と時は迫っているけれど、この様子ならエリカの力で倒せるかもしれないと、胸を撫で下ろす。


「エリカは元々魔力量が多いもの、私よりずっとすごい聖女になれるよ」

「そんな、ニナさんは本当にすごい聖女ですから!」

「それに私も最初は、かなり苦労したし」


 いきなり異世界に飛ばされ、魔法を使って魔王を倒せなんて言われては、誰だって戸惑うに決まっている。


 エリカは「あ、そうだ!」と両手を合わせると、水晶型の魔道具にぐっと顔を近づけた。


「その頃のニナさんのお話、ずっと聞いてみたいと思っていたんです! みなさんのことも知りたくて」


 よほど興味があるらしく、アイスブルーの大きな瞳をきらきらと輝かせている。


「そんなに面白い話はないけど、それでも良ければ」

「はいっ! お願いします!」

「ふふ、どこから話そうかな」


 そうして私はティーカップをソーサーに置くと、一度目にこの世界に来た時のことを話し始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 連載再開嬉しいです〜! ディルクとオーウェンも知ったんですね。話を聞くだけでも痛ましいから、みんなで過保護になるのも当然ですよね…。 ニナの一度目の話が聞けるの楽しみです! 書籍のイラス…
[一言] 待ってましたー!!うれしい
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